昨年12月に行われた「第3回 将棋電王戦」記者発表会」より

日本各地を巡る一カ月

プロ棋士と戦うのは、将棋を指すことを目的にしたコンピュータプログラム。「プロ棋士編」でも触れられているが、1970年台半ばから開発が始まり、1990年から「世界コンピュータ将棋選手権」で毎年強さを競うようになった。

人間とコンピュータでは、将棋に対するアプローチの仕方が異なる。プロ棋士は経験と感覚から第一感を磨き、「無駄な手を読まない」ことで指し手の精度を上げていく。逆にコンピュータは多くの手を読み、その玉石混交の中から最善を選択していく。将棋では「読み」と「大局観」が重要だが、コンピュータ将棋では「探索」と「評価関数」がそれらに当たる。コンピュータ将棋の発展の歩みは、これら2つを改良する試行錯誤の歴史でもあった。

前2回の将棋電王戦では出場プログラムがこの選手権の順位で決まっていたが、第3回将棋電王戦開催にあたっては「将棋電王トーナメント」が開催され(昨年11月)、上位5チームに出場権が与えられた(以前掲載した展望記事では、コンピュータ将棋の仕組みについても触れている)。簡単に振り返っておくと、結果は1位から順にponanza(ポナンザ)、ツツカナ、YSS、やねうら王、習甦(しゅうそ)。直近の選手権で優勝したBonanza(ボナンザ)が敗退し出場権を逃したが、これは上位陣の実力にほとんど差がない実情を示す象徴的な出来事とも言えるだろう。さて、第3回将棋電王戦全5局の開催概要は次のとおりだ。

第1局 3月15日(土)9:30 会場:有明コロシアム
▲菅井竜也五段 vs △習甦(将棋電王トーナメント第5位/開発者・竹内章)

第2局 3月22日(土)9:30 会場:両国国技館
△佐藤紳哉六段 vs ▲やねうら王(将棋電王トーナメント第4位/開発者・磯崎元洋、岩本慎)

第3局 3月29日(土)9:30 会場:あべのハルカス
▲豊島将之七段 vs △YSS(将棋電王トーナメント第3位/開発者・山下宏)

第4局 4月 5日(土)9:30 会場:小田原城
△森下卓九段 vs ▲ツツカナ(将棋電王トーナメント第2位/開発者・一丸貴則)

第5局 4月12日(土)9:30 会場:将棋会館
▲屋敷伸之九段 vs △ponanza(将棋電王トーナメント第1位/開発者・山本一成、下山晃)

タイトル戦さながらに日本各地を巡り、最後はプロ棋士のホームのひとつ東京・将棋会館で決着する。プロ棋士にとって凱旋になるのか、それとも悪夢の再来になるのか――。

賽は投げられた

今回の第3回将棋電王戦開催にあたり、まず注目したいのは第2回とは大幅に変更があったルールだ。主に「統一ハードの使用」「ソフトの事前提供」が大きな要素である。

まず統一ハードの使用とは、その名の通り規格化されたマシンを使って対局するという制限。コンピュータ将棋はハードウェアの性能によって強さに差が出てくるもので、第2回将棋電王戦では数百台のパソコンを使った「GPS将棋」の計算力に注目が集まった(注・個々のパソコンの性能が低かったので、数百倍強くなったということは決してないのだが、性能が優れていたことは事実だ)。

統一ハードの使用を課すことで最高のパフォーマンスからは遠ざかるものの、プログラムが動作する条件は平等になる。焦点になるマシンの性能も低いものではなく、開発者には概ね好意的に受け入れられている。

次にソフトの事前提供について。こちらもその名のとおり、各プログラムの対戦相手であるプロ棋士が事前にソフトの提供を受けられるという条件だ。これによって人間側は事前にプログラムのクセをつかむといった研究が可能になるが、対して開発者側はプログラムに一切の変更を加えることができない。これは将棋電王トーナメントに参加したときに明示されていたルールで、トーナメント終了後一週間の猶予をもってプログラムの調整は終了している。そう、プログラムの開発者にとって第3回将棋電王戦はすでに彼らの手を離れているのだ。

では、事前に研究して「必勝手順」を見つければそれでおしまいではないか――。当然そうささやかれるものだが、事実はそう単純ではない。

昨年末に行われた「電王戦リベンジマッチ」より

当日の持ち時間が各5時間と長時間であることから厳密な「リハーサル」の負担が大きく、何度も実戦を繰り返しての研究は難しい。第2回将棋電王戦でコンピュータのクセを見抜いたとされる阿部光瑠四段も、そこに至るまでに何百局という試行錯誤を重ねているし、昨年末に行われた「電王戦リベンジマッチ」で対局した船江恒平五段も、事前研究で形を絞り込む難しさに触れている。

ただ、この条件がコンピュータ側にとって厳しいものであることも事実だ。必勝手順の構築は現実的でないにせよ、ある程度有利な局面まで誘導することは十分に想定される。開発者の多くは的を絞られないようにプログラムに工夫を施して臨んでいる(乱数を振って同じ条件になっても同じ手を指さないようするなど)が、それでも不安は残るのが実情だ。

人間側に有利な条件の中、コンピュータはどんな戦いを見せるのか。コンピュータ側の置かれた状況を整理したところで、いよいよ全5局の展望に移りたい。……続きを読む