横浜といえば「新横浜ラーメン博物館」があり、「家系」の発祥地としても知られるラーメンのメッカだ。その横浜に「サンマーメン」なるご当地ラーメンがあるという。名前から連想するのは京都のニシン蕎麦のように碗に横たわるサンマの姿だが……。あるいは、サンマがダシの素材に使われているのだろうか?
サンマーメンは魚ではなく生馬!?
どんな麺なのか、由来はどこからだろうなど数々の謎を解明すべく現地で取材を開始した。はじめに足を運んだのが伊勢佐木町にある「玉泉亭本店」だ。ここは大正7年(1918)の創業。「サンマーメンの元祖」などと紹介されることも多い老舗だ。
対応してくれたのは店長の井田智子さん。「サンマーメンにサンマが入っているかって? それはないですよ。野菜のあんかけがのったラーメンのことを、この地域(横浜)では昔からサンマーメンというんですよ」。ちなみにサンマーメンを漢字で書くと「生馬麺」となるという。
次の疑問。何ゆえにサンマーメンは横浜で根づいたのか? この質問を井田さんにぶつけると、正直に困惑した言葉が返ってきた。「それがここ最近、急激にテレビや雑誌で取り上げられるようになったでしょう。昔を知っている人はもうみんな亡くなっていて、正直、分からないんです」。
井田さんご自身は、「サンマーメンなんて私はどこにでもあると思っていたんです。とても日常的なメニューだったので、当たり前すぎて高尚に歴史なんて考えたこともなかったんです」というではないか。サンマーメンのルーツは諸説あり、店のオーナーたちも、それぞれ独自のストーリーを想定しているらしい。それにこの辺りでは、「そもそもサンマーメンって、何?」って聞くお客さんなんていなかったそうだ。
そんな玉泉亭のサンマーメンは600円である。出てきた麺には一匹のサンマが乗っているはずはなく、代わりにたっぷりの野菜あんかけが乗っていた。スープは深みのある醤油味。豚骨の他に魚介系のダシも使っているそうだ。
とろみが優しく野菜の甘みもほっとさせる一品。「野菜はモヤシとキャベツ、そして肉も入っています」。ボリューム満点なのでコストパフォーマンスもよいはず。井田さんは「そういえば」と、振り返るようにコメントを加えてくれた。
「昔はメニュー に漢字とカタカナで書いていたんですよ。でもメニューを変えてカタカナだけにした頃からかな? サンマーメンについての質問がドッと増えたんです」。ほう! 人気のルーツをたどるのは難しいけれど、もしかしたらカタカナメニューの「サンマの誤解」がきっかけで、じわじわと口コミで拡大したのかも!
●infomation
玉泉亭本店
神奈川県横浜市中区伊勢佐木町5-127
東京でいうところのモヤシソバ
次なるサンマーメンの店を求め入ったのは「三幸苑 桜木町店」。この店のサンマーメンは880円と少しだけお高い。店主の小川宏さんに聞くと、「具材に野菜だけじゃなくエビやイカゲソ、かまぼこなどの水産物も使っているからね」という。
確かに食べると魚介系の上品な味わいが口に広がる。独特のアプローチのちょっと贅沢(ぜいたく)なサンマーメンだ。「水産物はいいダシが出るから味が良くなる。飾りで入れている訳じゃないよ」と小川さん。
「サンマーメンっていうのは、東京でいうところのモヤシソバなんだ」とは小川さんの意見。小川さんによれは、「ルーツの店はいろいろ言われているけど、本当のところは誰も分からないみたいだよ」。
そんな彼の考えるルーツはこうだ。「今のみなとみらいの辺り、昔は三菱重工の造船所があったんだ。今もドックヤードガーデンで名残があるけど。かつて、ここで約7,000人が仕事をしてたんだ。当時は東横線や京浜東北線の終点で、仕事帰りに安くてボリュームがあってスタミナのつきそうなものを食べたがったんじゃないかな。それがサンマーメンだったんじゃないかと僕は思う」。そう語ると優しく微笑んだ。これも数ある「諸説のひとつ」だろう。
●infomation
三幸苑 桜木町店
神奈川県横浜市中区野毛町2-87
あんかけが絡み、さっぱりした味わい
駆け足で最後に訪れたのは、横浜中華街の中心街から少し外れた場所にある「雲龍」。家族で切り盛りしている中華料理店。かなりの穴場だ。「10年くらい前はこの辺りはうちしか店がなかったんですよ」と言うのは創業者の娘さんの森妙子さん。「うちは昔ながらの懐かしい味ですよ」というサンマーメンは650円。
この店は戦後に森さんのおじいさんが開店し、一度閉店した後、27年前にお父さんが再開したという。「今は母が父の味を継いでやっています」というサンマーメン。食べてみると、もやしたっぷりでボリュームは満点だ。細麺とあんかけが絡みそれでいてさっぱりした味。うん。やっぱりどこか懐かしい味なのだ。
●infomation
雲龍
横浜市中区山下町132
今回はオーセンティックなサンマーメンを求め複数店舗をまわったが、いずれの店もこの麺の方向性は一致していた。まず安価。そして堅苦しさは全くなく気軽に食べることができて、野菜のボリュームがたっぷり。身体がポカポカ温かくなる庶民の麺なのである。
地元のラーメン店のオーナーたちがその人気沸騰ぶりに躊躇(ためら)う一方、で年々躍進を続けるサンマーメン。今の日本人が好きな要素満点のこの麺が、全国へ広がっていくのもそう遠くないかもしれない。