森下卓九段

森下卓九段。大棋士だが、腰の低さは棋界随一として知られている

森下九段(47歳)は、タイトル挑戦6回、棋戦優勝8回を誇るベテラン棋士だ。

森下九段は、通算800勝を達成した棋士に送られる「将棋栄誉敢闘賞」を2010年に受賞。この記録は現在までに15人しか達成していないもので、限られたトッププロであることを証明する偉大な記録である。また、90年台前半には、矢倉戦法(将棋の代表的な作戦のひとつ)において「森下システム」と呼ばれる作戦の体系を作り上げ、それを原動力に非常に高い勝率を挙げている。将棋界きっての理論家の登場と言えよう。

枠的には第2回電王戦の塚田泰明九段と同じ「ベテラン枠」ということになるだろう。ただし、塚田九段は「攻め100%」の異称を持つ棋風だったのに対して、森下九段はその真逆。重厚な受けの棋風の持ち主で、勝負を決して急がないのが最大の特徴だ。その棋風はよく知られており、控室の検討中に重厚な手が示されると「なるほど、森下流で」と、重厚な手の代名詞として名前が挙がることもよく見られる光景である。

ベテランと言うことで懸念されるのは体力面だが、勝負を急がない「森下流」は、普段から持ち時間を一杯まで使った長い勝負になりやすい。深夜の0時を回っても大熱戦が続いていることも多いため、体力面ではそれほど心配はないだろう。問題は勝負を急がない棋風がコンピュータ戦との相性としてどうか、という点だが、筆者は形勢不明のねじり合いが長く続けば、森下九段に勝機ありと見ている。

屋敷伸之九段

屋敷九段(41歳)は、タイトル獲得3期、棋戦優勝2回、順位戦はA級に所属する将棋界のトッププロである。

屋敷伸之九段。今回は4人の仲間と一緒で表情もいっそう明るい

屋敷九段については、8月の「第3回 将棋電王戦」記者発表会の時点で出場が決まっており、その際に「第2回 将棋電王戦」で大将を務めた三浦弘行九段と甲乙つけがたい実力の持ち主であると紹介した。実際両者はトッププロ同士としては珍しい研究仲間でもあるようで、互いに切磋琢磨する間柄と言える。

両者の違いを挙げるとすれば、三浦九段は将棋界きっての作戦家であり、対局には研究を重ねた秘策を用意して臨むことが多い。対して屋敷九段は、若いころに「研究はほとんどしない」と公言したこともあって実戦派として知られた存在。もちろん現在は研究をしているのだが、その目的は作戦を練ることよりも、相手の研究にハメられないため、という意味合いが強いと思われる。

居飛車党で攻守のバランスに優れた屋敷九段の棋風は、柔軟性に富んでいる。コンピュータ戦では、どんな戦型になったとしても、おそらく終盤まで拮抗した熱戦になるだろう。しびれるようなギリギリの終盤戦の中で、屋敷九段のトッププロとしての実力が示されることになると予想する。

コンピュータ代表を決める戦い

プロ側の出場棋士発表に続いて、コンピュータ側の代表を決める「将棋電王トーナメント」の出場チームが発表された。エントリーした23のソフトについては、公式サイトを参照して欲しい。

エントリーソフトの中で最注目は、今年の「世界コンピュータ将棋選手権」で優勝したBonanzaだろう。2006年に全幅探索と自動学習というふたつの技術で将棋ソフト開発に革新をもたらしたソフトであり、現在の強豪将棋ソフトの多くはBonanzaの技術を応用しているのだ。

そして翌2007年には「将棋電王戦」の創設前に行われたプロ棋士対コンピュータ将棋ソフトの戦いで、将棋界最高峰のタイトル保持者である渡辺明竜王と対戦した。結果は敗れたものの、途中は互角以上に渡りあい、当時の将棋界を震撼させたのだ。7年ぶりに復活を遂げたBonanzaが再びプロ棋士に挑むところを見たいファンは多いことだろう。

続く注目株は「第2回 将棋電王戦」に出場した、ponanza、ツツカナ、習甦だ。この3ソフトは、今年の世界コンピュータ将棋選手権でも決勝で好成績をあげているが、中でもponanzaは2位に輝いており、優勝ソフトのBonanzaにも勝っている。対プロ棋士戦を経験していることも大きく、勝ち残ればプロ棋士にとって脅威となることは間違いない。

他には、YSSも気になるところ。YSSはBonanzaによる技術革新のはるかに前から存在する将棋ソフトで、世界コンピュータ将棋選手権初優勝は1997年、続いて2004年も優勝、そしてBonanza登場後の2007年にも優勝しており、現在も決勝常連の強豪ソフトだ。

その他の出場ソフトについては、情報が少なく未知数だが、2006年のBonanzaがそうであったように、まったくの無名ソフトがいきなり優勝する番狂わせも十分に考えられる。11月2日~4日にかけて行われる「将棋電王トーナメント」を楽しみに待ちたい。

「第3回将棋電王戦」その展望は

「第3回 将棋電王戦」は5人の出場棋士が決定したことで、いよいよ展望が見えてきた。まずメンバーについては全員がタイトル戦や棋戦優勝の経験者で、前回よりもパワーアップしていると言えるだろう。

質疑応答する当日の登壇者

ルールも前回より整備されて、プロ棋士側にとっては申し分ない環境が整えられている。特に本番とまったく同じ環境で研究できることは、プロ側にとって大きなアドバンテージだ。さらに、30分の夕食休憩が設けられたことも、体力面で有利である。

プロにとっては好条件が整ったわけだが、逆に言えば、これで勝てなければ、次はいよいよタイトル保持者が登場するしかなくなるだろう。好条件だからこそ、背水の陣で臨まなければいけない戦いになる。

一方のコンピュータ側は、初の試みとなる「将棋電王トーナメント」で勝ち上がることと、その先に待ち構えるプロ棋士との戦いにも対応するというふたつの命題を突き付けられた形で、今回はより厳しい戦いになる。しかし、新たな制約が加わったことで、これまでにない新しい技術が生まれることもあるだろう。

本番の戦いは半年後だが、コンピュータ側は来月のトーナメントまでが実質的な準備期間になる。そしてコンピュータ代表が決定すれば、すぐにプロ棋士側の研究が始まる。戦いはもう動き出しているのだ。