宮崎駿監督のスタジオジブリ最新作で、7月20日に公開が予定されているアニメーション映画『風立ちぬ』の完成披露会見が24日、東京・スタジオジブリで開催され、宮崎駿監督、主人公・堀越二郎の声優を務めた映画監督の庵野秀明氏、主題歌「ひこうき雲」を歌う松任谷由実が登壇した。

左から庵野秀明氏、宮崎駿監督、松任谷由実

『風立ちぬ』は、第二次世界大戦で運用された戦闘機・零戦の設計士として知られる実在の人物・堀越二郎と、同時代に生きた文学者堀辰雄の二人をモデルにして生まれた主人公・二郎の半生を描く宮崎監督最新作である。

庵野氏が声優に抜てきされた理由

宮崎監督作品としては『崖の上のポニョ』以来、5年ぶりとなる本作だが、宮崎監督は「5年ぶりではなく、5年かかったんです」と強調。完成した作品を見たときには思わず涙を流したといい、「(自分の作品で泣くことは)情けないですね。本当にみっともないことですよ」と話している。

そんな『風立ちぬ』で、主人公・二郎の声優に抜てきされたのが庵野氏である。庵野氏は『新世紀エヴァンゲリオン』などで知られる映画監督で、かつては『風の谷のナウシカ』の製作に関わった経験を持っている。宮崎監督とは、いわば師弟のような関係だ。

庵野氏のお気に入りはラストシーンだという。最初はラストシーンに「なんだこりゃ」と思っていた庵野氏だったが、セリフを180度作り替えたことで納得できたのだとか

今回の声優起用について庵野氏は、「マイクの前で絵に合わせてアフレコをしたらあきらめるだろうと思ったら、宮さんは『それがいい、やって』と言う。あんな笑顔でニコニコしながら腰を叩かれたら断れませんよ」と苦笑い。「役者ではないので、役を作るのは無理でした。自分の経験を思い出しながら、自分だったらこうかなとか、マイクの前で思い出しながらやりました。ラブシーンは特に恥ずかしかったですね。次回作? もうけっこうです(笑)。自分の声を聞くのが嫌いなんですよ」と照れくさそうな表情を見せていた。

宮崎監督と庵野氏は師弟関係のような間柄

一方で宮崎監督は、庵野氏のアフレコに大満足と述べ、「庵野は現在、傷つきながら生きている。それが声にも出ていた。初日は声がなかなか出なかったけど、やっている間にどんどんよくなって、二郎を演じるのではなく二郎そのものになっていった」と絶賛。「何十年もアテレコの世界が続いていて、こういうものだというルーティーンができている。それを壊すのではなく、違うアプローチがないものかと思ったときに鈴木さん(鈴木プロデューサー)と僕で困り果てた末に出てきたのが庵野の名前だった」と起用のきっかけを明かした。

40年の時を経て主題歌に

本作の主題歌「ひこうき雲」を歌う松任谷にとって、スタジオジブリ作品への楽曲提供は、1989年の『魔女の宅急便』以来となる。鈴木プロデューサーとの公開トークイベントの最中に楽曲提供のオファーをもらったという松任谷は、「『ひこうき雲』という歌を作ったのは高校生のときだったのですが、40年の時を経てすてきな作品に参加できてうれしかったです。当時の自分に言ってあげたいですね」とにっこり。

本作を見て「我慢しても嗚咽が出てしまう」ほど感動したという松任谷由実

これに宮崎監督は「プロデューサー室で鈴木さんと喋っていたら、突然『ひこうき雲』をかけられて、そのとき絵コンテの最中で追い詰められていたので不覚にも泣いてしまいました。それだけ力のある歌だということです」とコメントした。

庵野氏「宮さんはちょっと大人になりましたね」

本作『風立ちぬ』は、零戦の設計士である堀越二郎をモデルに、飛行機に夢をかけた男の半生を描く物語である。実在の人物をモチーフにしたのは初めてだという宮崎監督は、「いろんな堀越二郎像があるんですが、飛行機や零戦を好きだという人間が好き勝手言って私物化している。僕はどこかで本当の堀越二郎は違うんだと思っていて、この作品で堀越二郎を取り戻した気がします。もちろん本作の堀越二郎も堀辰雄と混ざっていて妄想が生み出したキャラクターなので実像とは違うけど、精神においてはこれが堀越二郎かなと思います」と堀越二郎への思いを熱く主張する。

『風立ちぬ』の企画が持ち上がったのはリーマン・ショックの前後。現実世界を舞台にしていることについて質問を受けた宮崎監督は「ファンタジーを簡単には作れない時代がきた」と語った

また、宮崎監督自身も葛藤したという震災のシーンについては、「絵コンテができた段階で3月11日の東日本大震災がきて、震災のシーンをやるかどうかを深刻に考えないといけなかったのですが、1カットも直さずに作ることができました。昭和を語るときには関東大震災を語らないといけないんです」と強いこだわりを持って制作したことを強調。「歴史の中、その時々に精いっぱい生きた人間がいたことを描きたかった。旧約聖書の伝道の書に『汝の手にたうるかぎり力を尽くして生きろ』という言葉があり、それを読んだときにそうしないといけないと思った」と映画に込めた思いを述べた。

こうした宮崎監督の強い思いが込められた本作『風立ちぬ』を見た庵野氏は、率直な感想として「いずれはこういう作品をやるとは思いましたけど、70をすぎてやるとは思いませんでした。宮さんはちょっと大人になりましたね(笑)」と笑いを誘いつつ、「宮さんは基本的に子どもでもないけど、大人でもない。でも今回は地に足がついているんですよ」とコメント。これに宮崎監督は「ありがとうございます(笑)」とやり返すなど、旧知の仲らしい息のあった掛け合いを見せていた。

本作にこめたメッセージについて宮崎監督は「人生の持ち時間は10年間。長生きだからといっていつまでも年月があるわけじゃない。そのとき一生懸命生きなきゃダメなんだ」と話す

最後に宮崎監督は、「打ち上げのときの雰囲気がよくて、やってよかった作品だなと思いました」と述べ、庵野氏と松任谷由実は「年齢問わず、日本人全員に見てほしいです。できれば映画館で」とアピールした。

映画『風立ちぬ』は、7月20日より全国公開。