日本音楽界における最大級の祭典として、長く親しまれている「日本レコード大賞」(以下、レコ大)。毎年受賞アーティストに多くの注目が集まるが、それとは別に、通常の音楽番組とは一線を画す、華やかで格調高いステージ演出も見物となっている。

特に2011年に放送された『第53回 輝く! 日本レコード大賞』では、番組の照明チーフであるTBSテレビの近藤明人氏が日本照明家協会賞大賞、および文部科学大臣賞で受賞を果たすなど、レコ大のライティングは多方面で高く評価されている。そこで今回は、エーアンドエー主催のユーザーイベント「Vectorworks Solution Days 2013」にて開催された舞台照明セミナー「ビジュアライザーのこれから 『輝く! 日本レコード大賞』における使用例」で聞いた、レコ大におけるライティングの舞台裏を紹介する。

2012年に放送された『第54回 輝く! 日本レコード大賞』のオープニングシーン。階段を発光させたり、セットに赤い模様を投影するなど、さまざまな照明効果を取り入れている

本番までのカウントダウン

TBSテレビの柴崎友美氏(左)とテクニカルサプライジャパンの鈴木聖人氏(右)

本セミナーには、レコ大において照明オペレーター等を担当しているTBSの柴崎友美氏と、照明シミュレーションのデータ作成を担当しているテクニカルサプライジャパンの鈴木聖人氏が登壇。セミナー前半では、柴崎氏が本番までのスケジュールと照明に関する作業の流れを説明した。

レコード大賞の受賞曲が決まるのは授賞式のわずか1カ月前。柴崎氏によると、受賞曲、つまり出演者が決まったこの段階でようやくスタッフが話し合いを始め、セットと演出プランを決定するのだという。そして照明スタッフはこの演出プランを受けて、どんな照明機材を使うか、どこに機材を吊うか、といった細かいライティングプランを決めていくのだ。

このセット模型を見ながら演出プランが練られたという

演出プランの一例。歌詞の横には演出に関する大まかな指示が記載されている

これまでのステージで実際に使われた灯体

照明器具はこのような仕込み図に従って設置される

ただし実際の会場に入り、照明器具の仕込みができるのは本番のわずか5日前。そして3日前にはステージでのリハーサルが始まってしまうため、機材の仕込みかけられる日数は実質2日間しかない。つまり、セットとの干渉がないか、総合的な色味はどうか、などを現場であれこれ調整するような時間がないため、事前に全体的なイメージをできるだけ正確に掴んでおく必要があるのだ。

こういった課題に対応するため、エンターテイメント業界では「ビジュアライザー」と呼ばれる照明3Dシミュレーションソフトが広く使用されている。同社でも2010年より「LIGHT CONVERSE」というビジュアライザーソフトウェアが採用され、ライティングという"形のない"ステージ演出をコンピューター上の3D空間であらかじめシミュレーションできるようになった。事前に照明プランの整合性を確認することで、時間とコストの大幅な削減が可能となるのだ。

本番までのスケジュール

「LIGHT CONVERSE」使用風景。モニタには精巧なシミュレーション映像が表示されている

実際のセットを利用したリハーサル風景。照明プランの整合性を現場で確認する必要がなくなり、大幅な時間短縮が実現した

より正確なシミュレーションを目指して

セミナー後半では、「LIGHT CONVERSE」の販売代理店であり、実際にレコ大でシミュレーションデータの作成も手掛けているテクニカルサプライジャパンの鈴木氏が、レコ大における照明シミュレーションの歩みを語った。

ムービングライトの普及など照明演出の複雑化に伴い、「ビジュアライザーの出現は必然だった」と語る鈴木氏。確かに個々の照明の"動き"や"色味"などを頭の中で正確にイメージするのは難しく、さらにパフォーマーやビデオスクリーンなど動きのあるステージ要素とライティングの兼ね合いを見るのはもはや不可能に近い。

そういった背景を受けて進化したビジュアライザーだが、2010年のレコ大で初めてLIGHT CONVERSEが採用された際には、大きなステージの再現作業などにおいて苦労も多かったという。しかし、2012年にLIGHT CONVERSEから汎用CADソフト「Vectorworks」向けのプラグインが発売されたことにより、Vectorworksで作成された正確なオブジェクトデータをLIGHT CONVERSEのネイティブフォーマットで書き出せるようになった。建築業界などでも使用されているVectorworksと連携することで、より精密な3Dモデルを手軽に取り込み、利用できるようになったのだ。鈴木氏は今後、さらにセットのテクスチャを含めた3Dモデルの取り込みにもチャレンジしたいと考えているという。

Vectorworksで作成された3Dデータ

3DデータをLIGHT CONVERSEに読み込んだところ

セットにテクスチャを貼ると再現性が大幅に増す

最後に、2012年のレコード大賞における、LIGHT CONVERSEのシミュレーション画面と実際のオンエア映像を比べてみよう。ライティングは刻々と変化するため、色味は若干異なるように見えるが、それでもシミュレーションの再現性の高さが伝わるはずである。

シミュレーションデータ(左)とオンエア映像(右)

LIGHT CONVERSEのシミュレーションは、その完成度の高さゆえ「そのイメージに固執してしまうデメリットもある」と柴崎氏。とはいえ、それだけリアルな再現が可能だからこそ、まるで1つの映像作品を見ているかのような統一感あるステージ作りが実現しているのだろう。次回のレコード大賞では是非ライティングにも注目してみてほしい。