決勝――悲痛な粘りが呼んだもの

3日目の決勝では一般の来場者向けに、 1階ホールで解説会が行われた。勝又清和六段と永瀬拓矢五段が交代で解説し、竹部さゆり女流三段と渡辺弥生女流1級が聞き手を務める。会場には多くの来場者が詰めかけ、パソコンを持ち込んで中継を見ながら解説に耳を傾ける熱心なファンの姿もあった。

コンピュータ将棋に造詣が深い勝又清和六段。わかりやすい解説につい聞き入ってしまう

解説会の様子。多くのファンが足を運んでいた。中にはノートパソコンで中継を見ながら解説に耳を傾ける猛者の姿も

解説中の永瀬拓矢五段。「思いつかない手がたくさん出てきて勉強になります」

女流棋士の竹部さゆり女流三段、渡辺弥生女流1級が開発メンバーの「メカ女子将棋部」。女子力では他チームを寄せつけなかった

決勝は予選と違い総当たりのリーグ戦だが、ひとつひとつの対局が一発勝負であることに変わりはない。会場で聞いて印象に残ったのが「いい目が出てほしい」という言葉だ。勝敗は強さで決まるから、運は関係ないのではないか……という考えが頭をもたげる。

コンピュータ将棋では、強さを確認するためには何十回、何百回と勝負を繰り返してデータをとる。相手より強いかどうかは、一回の勝負ではなく、勝率によって測られているのである。開発者はこの勝率を上げるために全身全霊をかけて努力し、選手権という成果の発表の場に臨んでいる。

ところが本番は一発勝負。たとえ勝率では分がよくても、一回の試行ではどう転ぶかわからない。祈る気持ちになるのもうなずけるというものだ。対局中にモニタを見つめる開発者たちの表情はどこかこわばっている。まるで子を見守る親のようだ、と思った。

ponanza優勝のために習甦を応援する山本一成氏(左)と、習甦の開発者、竹内章氏

さて、決勝の進行は上位陣と下位陣で星が分かれ、優勝争いは激指、 ponanza、GPS将棋、Bonanzaの4つのプログラムに絞られていた。最終7回戦を残しての成績は次の通り。

【5勝1敗】GPS将棋
【4勝2敗】激指、 ponanza、Bonanza
【3勝3敗】NineDayFever
【2勝4敗】ツツカナ、習甦
【0勝6敗】YSS

7回戦の組み合わせはGPS将棋-Bonanza、激指-ponanza 、NineDayFever-ツツカナ、習甦-YSS。

唯一1敗のGPS将棋は引き分け以上で優勝が決定する。そのGPS将棋と直接対決のBonanzaも最終戦に勝てば、同じ5勝2敗で並ぶものの「勝った相手の勝ち星の数」の差で GPS将棋を抜くことになる。ただし残る3局が「ponanza勝ち かつツツカナ勝ち かつ習甦勝ち」という場合に限り、ponanzaがGPS将棋を破ったBonanzaを抜いて優勝となる。激指は勝った相手が悪く、最終戦を勝ったとしても優勝の可能性は消えていた。

大一番の▲Bonanza△GPS将棋戦は、GPS将棋が一方的に角を成り早々にリードを奪うことに成功する。対するBonanzaは玉を戦場からできる限り遠ざけ、守りを固める作戦に出た。

図3 ▲Bonanza△GPS将棋戦。自分だけ角を成って後手大有利の図である。するとBonanzaはじっと辛抱。「穴熊」と呼ばれる囲いに潜って反撃の機会をうかがった

苦しい状況でも、玉をしっかり守っていれば逆転のチャンスは生まれやすい。これは「作戦負けには穴熊」という言葉で、プロ同士の対局でも現れる考え方である。しかし図のような「相矢倉」の戦いでは、見返りなく大駒(飛と角)を成らせてはいけない、というのがとても大事な常識。それを破ったこの状況は、サッカーでいえば前半からいきなり2点差をつけられているようなもので、この差は容易には埋まらない。Bonanzaは徹底抗戦して粘るものの、GPS将棋は一歩ずつ確実に勝利へと近づいていく。他の対局では ponanza、ツツカナが勝ったが習甦が敗れたことで、 ponanzaの優勝はなくなり、この直接対決が優勝決定戦になっていた。

図4「目から火の出る王手飛車」。 Bonanza、どうしようもない。セコンドがいればとっくにタオルを投げている

きれいに王手飛車までかけられた。打つ手がないことは明らかだ。それでも、 Bonanzaは絶望的な戦いを続ける。後手(GPS将棋側)にとって唯一の不安は、相手よりも多く時間を使っていること。だが、この調子ならトドメを刺すまでには十分な時間が残っている。誰もが思っていたはずだ。あとは終局まで粛々と儀式のように手が進むだけだ、と――。 しかし事件は、突然起きた。……続きを読む

秒間3億局面の速度を誇る804台(決勝は803台)の巨大クラスタ、のモニタ。戦いは数、そして速さなのです

最終戦のGPS将棋のモニタ。赤色の手は「後手よし」を示す。見事に真っ赤っ赤である