一次予選――年に一度の祭典の始まり

コンピュータ将棋選手権は1日目に一次予選、2日目に二次予選を行い、最終的に予選を勝ち抜いた8チームが3日目の決勝に進む。なお、前年に好成績を収めたチームには二次予選シードが与えられている。

対局会場を出てすぐ外に積まれた段ボールの山。パソコン本体やモニタなど、大事な機材が入っている

今年の会場は早稲田大学にある国際会議場。建物の中に入り対局会場ヘ向かうと、部屋の外、窓際にたくさんの段ボールが置かれていてちょっと驚く。シード組は二次予選からの出場だが、準備は一次予選終了後に行うので、全40チーム分の機材がすでに搬入されていたのだった。

いよいよ対局会場に入る。まず目に入るのは林立するタワー型のパソコン。そして会場前方のスクリーンには、進行中の対局から4局が選ばれて映し出されていた。会場には日本将棋連盟理事の北島忠雄六段、コンピュータ将棋に詳しい古作登氏と篠田正人氏の姿もあった。

対局会場の様子。前方のスクリーンには進行中の対局から4局が選ばれて映し出される

一次予選の対局を観戦する北島忠雄六段(中央)。左は「柿木将棋」の柿木義一氏、右はアマ強豪の古作登氏

選手権の対局ルールは持ち時間各25分で、それを使い切ったら負けというもの。経験の少ないチームにとっては、勝ち負けはともかく一局を無事に終えられるかがひとつの山になる。プログラムがしっかり動作せず、途中で時間切れになってしまった対局もいくつか見られた。

プロ棋士を破るトップレベルのプログラムがある一方で、一局を全うするのに苦労するプログラムもある。なんだか微笑ましくもある……が、あのGPS将棋だって参加当初は目も当てられないような将棋を指していたのだ。

図1 2003年、第13回一次予選6回戦▲GPS 将棋-△椿原将棋戦より。敵の本陣へ向けて「討ち取られたら負け」の大将が先陣を切って突撃。当然勝てるわけがない。 GPS将棋が自由奔放だった頃の貴重な棋譜である

今でこそ「コンピュータは強い」というイメージがあるが、かつてのコンピュータはひどく弱かったものだ。コンピュータ将棋の開発は1974年に始まっているが、今のような強さの土台ができたのは、 2006年に「Bonanza(ボナンザ)」が登場してからのことだった。

Bonanzaイノベーション

Bonanzaは保木邦仁氏が開発したプログラムで、コンピュータ将棋を語るうえでは外せない存在だ。2006年の選手権初出場で優勝をさらっていったのだが、このときBonanzaはノートパソコン+小さな扇風機という質素な環境で動いていた。ほかの開発者からすれば、「F1マシンに乗ってスタートを待っていたら一般車がやって来た。そいつが優勝した」くらいの衝撃があったのではないだろうか。

将棋の強さを支える要素には大きく分けて「読み」と「大局観」の2つがあり、コンピュータ将棋でこの2つに相当するのが「探索」と「評価関数」である。そしてBonanzaはそれぞれの分野で「全幅探索」と「Bonanzaメソッド」という手法を提示した。

全幅探索はその名の通りあらゆる手を読む手法で、 Bonanza以前は「将棋では可能な手が多すぎ、有効に機能しない」と思われていたものだ。だが不要な手を読まない工夫を添えることで、じゅうぶん実用に耐えるものであるとわかった。→コンピュータの計算能力を生かしてガーッと読もう!(力ずく)

もうひとつのBonanzaメソッドとは、コンピュータの大局観にあたる評価関数を機械学習によって調整する手法のこと。プロ棋士の棋譜を手本にして同じ手が指せるように、5000万個の評価項目の値を自動で調整した。この成果は非常に大きく、評価関数は人間の大局観にぐっと近いものになった。→コンピュータにガーッと調整させよう!(これも力ずく)

現在Bonanzaはライブラリ(=プログラムの部品)として誰でも使うことができる。今年の一次予選を通過した8つのプログラムのうち、実に半数の4つでBonanzaライブラリが使われていた。なんという影響力!……続きを読む