昼食は両者ともに、うな重(松)だった

一時代を築いた大棋士、谷川浩司九段を彷彿させる鋭い攻めをみせたPuella α

図3(51手目▲8三銀) 塚田九段が最初に不利を認めた局面

図はプロ同士の実戦例がある前の図から10手後の局面で、ここではすでに前例がなくなっている。途中手を変えたのは塚田九段のほうで、44手目の△4五歩が前例を離れた一手だった。ただし、△4五歩自体はニコファーレで解説をしていた木村一基八段も本命視していた手であり悪手とは思えない。問題があるとすればその後に指された△8四歩という手で、この歩を突いたがゆえに図の▲8三銀と打たれる隙が生じたのである。

補足しておくと、塚田九段は▲8三銀という手を見落としていたわけではない。プロ棋士なら△8四歩と突く時点で銀を打たれる手があることはわかりきっていることであり、1秒とかからず瞬間的に認識できている筋。それでも△8四歩と突いたのは「▲8三銀はやってこないだろうし、仮にやって来ても自分が不利になることはない」と判断したからである。しかし、Puella αは▲8三銀の筋を決行する。そして、指された塚田九段はすでに不利なことに気がついていたという。

「▲8三銀で、もうこちらが悪いことに気がついてあきれた。谷川浩司と指しているんじゃないかと思った」(塚田九段)

「谷川浩司」とは、現在の日本将棋連盟会長の谷川浩司九段である。塚田九段とはほぼ同年代、圧倒的な強さで一時代を築いた大棋士で、その特徴は大胆不敵な早い仕掛けと「光速の寄せ」と呼ばれる桁違いの終盤力にあった。その谷川九段を彷彿させるほどの鋭い攻めをPuella αはみせたことになる。

なお、この時点のボンクラーズの評価値はコンピュータの+132となっている。ほとんど互角と言っていい差であり、塚田九段はコンピュータの評価よりも形勢を悲観していたということになる。

プロの盲点を突く攻めで先手が有利に。コンピュータは定跡を創造したのか。

中盤で控室を驚かせたのが次の局面だ。

図4(63手目▲6四成銀) ▲6四成銀は「絶対に指し手はいけない」とプロが解説した手だったが……

「え! 取ったの? 銀を?」
「ははは……コンピュータって面白い手を指しますね」
「まあ、これなら(人間が有利になるでしょう)」

控室のプロ棋士を驚かせ、また喜ばせた▲6四成銀は、6四にいた後手の銀と成銀を交換した手である。銀と銀の交換なので本来損得はないが、これはプロなら絶対に指さない手だという。なぜなら、先手の成銀は1筋で桂馬と香車という2枚の駒を損する代償から手に入れたものであり、先手の攻めの要となるべき駒。対して後手の6四にいた銀は攻めにも守りにもあまり働いていない駒となる。つまり同じ銀でも価値が異なるため、それと交換してしまうのでは「面白くない」というのがプロの感覚なのである。

だが、コンピュータには「面白くない」という判断基準はない。先入観を持たずに先の展開を読んだコンピュータは「プロなら絶対に指さない手」を迷いなく選んだ。そしてその手が塚田九段を追い込んでいったのである。

図5(68手目△3三銀) この手を境に塚田九段の苦難の旅が始まった

前図(図4)から5手進んだのが上の局面だ。塚田九段は△3三銀と打って王手を防ぎながら自陣を固めたが、銀を打ってしまったことにより自陣の飛車と角という主力の大駒を活用する見込みが立たなくなってしまった。図5では人間側が苦戦と塚田九段も認めている。そして「プロなら絶対に指さない手」を指して優勢に持ち込んだということは、部分的とはいえコンピュータがプロを超えたと言えるのかもしれない。

ただし、63手目の▲6四成銀が今後もずっと定跡として残っていく好手なのかどうかは、現時点ではまだわからない。後手が不利になったのは、その後の対応に問題があったのかもしれないためで、それについては今後のプロ棋士の研究を待つしかない。なお、将棋に詳しい人のために、図の△3三銀では△3三角と、角を馬にぶつける手も考えられ「それなら後手が優勢ではないか」と予想していたプロ棋士がいたことを報告しておきたい。

なお△3三銀の局面でボンクラーズの評価はコンピュータの+200。わずかに自身を有利と見ている。……続きを読む