近頃、ガツガツしていない若い男性のことを「草食系」と呼んだりするが、深夜のトラットリアでワインとイタリアンを楽しむこのアニキは、生き様そのものが完全な「肉食系」だ。

菊地成孔さん

菊地成孔、48歳。職業・ジャズミュージシャン。「働くことと遊ぶこと以外、何もせずに暮らしている」と公言し、住居兼仕事場がある新宿・歌舞伎町を拠点に夜な夜な街へ繰り出す。

お金は人よりも遣うほうで、ヒマを見つけてはデパートや書店に行き、洋服、本、DVDなど、ためらわずにどんどん買う。食事はすべて外食。ガールフレンドや気の合う仲間と出かけることが多い。ときに、目をつけた若い料理人を勉強のためにミシュランの三ツ星の店に連れて行くこともある。カードは持たない主義で、支払いはすべて現金。三ツ星のレストランでも現金で払うそうだ。

貯金をせず、借金もしない。言わば、お金に縛られない生き方。「それが自分のなかで確立したのは、生まれ育った時代背景が大きい」と菊地さんは言う。

「日本の戦後は基本的に不景気ベースで続いてきたわけですが、そのなかで僕は2回も大当たりを経験している。1回目は、生まれた頃の高度成長期。2回目は、20歳の時にやってきたバブル。そんな時代を経験したせいか、自分のなかで、一生金はなくならないという妙な確信が生まれてしまった。

当時の僕は月の収入が5万円ほど。全然金がなかった。でも、ディスコに行くと、金を払えるやつがひとりでもいれば、友達20人ぐらまとめて入れてくれた。そこでタダのピラフを食って、遊んで、それで満足。友達がホステスをやっている店に飲みに行けば、飲み代はタダ。あとは女の子の部屋に行って、セックスして。そんな感じで、金をかけずに最高に楽しい生活を満喫していました。

バブルの頃は金を遣いまくって派手に遊んでたんでしょ、みたいに最近の若い子は思っているかもしれないけれど、全然そんなことないですよ。バブル期に遊びに金を遣った記憶はほとんどない。金がない頃はないなりに楽しんでいたんです」

カネは天下の回り物、という言葉もある。持っていないときに無理して遣う必要はないが、持っているときは遣えばいい。いま、金がなくても、使い方の心構えは育んでおきたい。数年前から学校の講師として教鞭を執る菊地さんが、若者たちと接していて感じるのは、彼らが将来的にはいい金の遣い方をするポテンシャルを秘めている、ということ。

「たしかに、なかには、いわゆる草食系の男はいます。すげー男前なのに、セックスに興味がないと言い放つヤツとか。でも、そういうヤツも自慰はしているし、童貞だっていつかは破られるわけで。全体的には、10年前と比べて、いまの若い連中のほうがずっとガツガツしていますよ。向上心にあふれ、生きる力を感じます。

僕が思うに、金を遣うか遣わないかは、本人の心の構え方次第。たとえ可処分所得が上がっても、心が死んでいたら、消費には走らない。逆に、人生を楽しもうという気概があるヤツは、やがて消費に走る可能性がある。そういう意味では、今の若者は心が生きているので、いざ金を手に入れたら、いい遣い方をすると思う。たまたま、今はないだけでね」

菊地成孔(きくち・なるよし) 音楽家、文筆家、音楽講師。1963年生まれ。ジャズミュージシャンとしての活動に軸を置きながらも、ジャンル横断的な活動を展開。音楽のほか映画、ファッション、格闘技、食などあらゆる分野に関して独自の見識を持ち、その並外れた知識と経験、そして鋭い洞察力を武器にして積極的な批評・執筆活動をおこなっている。 http://www.kikuchinaruyoshi.com/

※マイナビニュースマガジン創刊号(2011年12月10日発行)より転載

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