2012年2月14日に、高校生・大学生も含めた、日本の組み込み技術者のレベルアップを主目的としたソフトウェアの完成度の優劣を競うロボット競技会「ETロボコン」の「2012開催・記者発表会」が、南青山の「ふくい南青山291」(福井県の特産品を集めたアンテナショップ)にて開催された。そこで発表された内容についてお届けする。なお2011年大会の模様は、こちらをご覧いただきたい。
まず、実行委員会本部実行委員長の星光行氏が挨拶を行った(画像1)。星氏は、昨年は募集を開始した直後に東北地方太平洋沖地震が発生し、開催するかどうか迷っていたところ、東北地方大会のスタッフから「今年も開催します」という連絡があり、例年通りすべての地区大会と11月のチャンピオンシップ(CS)大会の開催に至ったという話からスタート。輪番停電や、その停電に伴う特別シフトなどで思うように作業がはかどらない参加者も多かったが、それでも無事開催できたことを感謝していた。
そして、昨年の大会で10周年を迎え、出場チーム数も増え、レベルが非常に上がってきたことを報告。それまでは、走行体(ロボット:画像2・3)のタイムは素晴らしいが、モデル審査(画像4)の方がイマイチ、逆にモデルはよくできているが、タイムが出ないといった形だったのが、昨年は地区大会からしてモデルで上位成績を収めたチームがタイムも出してくるという相関関係ができてきた、と傾向について語った。モデルについても、非常にハイレベルになってきたとしている。例えば、CS大会で総合優勝したチーム「HELIOS」(アドヴィックス)の成績を見てみると、モデル部門がエクセレント(優勝)、競技部門が2位という具合だ。
画像2。ETロボコンの競技部門は、レゴ・マインドストームNXTを使った2輪倒立振子型ロボットの走行体でもってタイムを競う。カラーリングやシールなどはチームごとに個性を出しても構わないが、パーツはすべて同一のものを使う |
画像3。走行体のセンサなどの構成。それほどものすごいセンサの構成ではないが、そこをソフトウェアの工夫だけでいかに速く、いかに確実に走るかを競うのである |
画像4。2011年の総合優勝並びにモデル部門のエクセレントモデルを獲得したHELIOSのモデルを解説した用紙の1枚である「要件分析」。2011年はA4用紙5枚を使ってモデルの解説を張り出したが、トップチームはこのレベルの高密度だった |
ただし、その一方で何年も出場している経験のあるチームと、初参加のチームとの差が開いてきていることが懸念されているという。2011年を見てみれば、HELIOSなど、モデル審査の上位チームのものは非常にハイレベルで、初参加のチームがその密度でまとめるのは至難の業ということで、その点は考慮すべき点としている。
また、審査側もレベルの高い方を評価する傾向にあるため、本来の目的の「初級技術者を中級へとレベルアップさせる」という主旨が薄れてしまっていたことにも言及。審査側も参加者と共にステップアップするのではなく、初級者を待ち構えていて上げて、中級に引き上げて上げるという初心に返ることを2012年は考えていくとした。モデル初級者も参加しやすいような工夫をして、初級者が参加しやすい競技会にしていくよう工夫していくとした。
それから、2013年に台湾での開催を目指して、現在国際展開を計画中であることも発表された。TCA(Taipei Computer Association:台北市コンピュータ協会)と協力関係にあり、今年は3月にETロボコンの紹介を行う予定だ。今後、台湾以外でもアジア地区で海外地区大会を増やしていく予定だが、課題もあるという。まず、ETロボコンの最大の特徴であるモデルを、どの言語にするのか、また現地のモデル審査員の育成をどう行うかといった点だそうだが、今年は実現の可能性を含めて、まずはTCAと協議を進めていくとした。
それから、運営がスポンサー費用と参加費用でまかなわれており、現在地区大会のスタッフも含めて300名近いボランティアスタッフが活動していることから、もっとスポンサーを集めたいとしている。
続いて、本部運営委員長の小林靖英氏(画像5)による、2012年の全体像に関する説明が行われた。今年も、ソフトウェアの設計コンペティションとして、モデリングの完成度と走行体の制御・性能を競う大会として開催される。ETロボコンでは、全チームがレゴ・マインドストームNXTを利用した同一の構成の2輪倒立振子型ロボットを走行体として使用し、その制御のためのプログラムがどれだけ優秀かという点を競うもので、その方針は変わらない。
参加可能なのは、若手技術者と高校生以上の学生複数名によるチーム(個人参加も可能だが、キャンセルなどが出やすいことから、参加費用が高く設定されている)。コンテストは、モデル部門と競技部門とその両者を総合した総合部門からなる(両部門に参加する必要がある)。総合部門の評価方法は、両部門を足して2で割る相加平均ではなく、バランスで求める調和平均(どちらも揃って高得点でないとダメ、ということ)方式だ。
2012年の地区大会は、昨年同様に、全国11地区で開催。北海道、東北、北関東、東京、南関東、東海、北陸、関西、中四国、九州、沖縄となる。開催スケジュールは、実施説明会はすでに一部で行われていて、3月中旬まで。参加申し込み受け付けは3月5日から4月6日までで、技術教育が各地区別で5月中旬から6月下旬、試走会も各地区別で7月中旬から9月末という具合。
なお、参加申し込み受け付けの〆切が4月6日のため、大学、短大、専門学校、高校、高専の場合は生徒が集まるかどうかわからない時期である。そのため、4月6日から5月8日までの期間に仮登録制度が設けられている。もし生徒が集まった時はそのまま正式に参加をし、集まらなくて参加ができない時はキャンセルできるというわけだ。
地区大会と対象都道府県、開催スケジュール、会場、受け入れ可能チーム数は、以下の通りだ。なお、都道府県の所属は、一般的な区割りとは異なるので、初参加を検討しているチームは注意してほしい。
- 北海道(北海道):10月7日(日) 北海道情報大学(北海道江別市) 25チーム
- 東北(青森、岩手、秋田、宮城、山形、福島):9月22日(土) いわて県民情報交流センター(岩手県盛岡市) 40チーム
- 北関東(新潟、群馬、埼玉、栃木):10月7日(日) 調整中(開催地は群馬県高崎市) 20チーム
- 東京(茨城、東京、千葉、山梨、長野):9月29日(土)・30日(日) 早稲田大学(東京都新宿区) 90チーム
- 南関東(神奈川):9月15日(土)・16日(日) 神奈川工科大学(神奈川県厚木市) 50チーム
- 東海(静岡、愛知、三重、岐阜):9月15日(土)・16日(日) 浜松Uホール(静岡県浜松市) 50チーム
- 北陸(富山、石川、福井):9月22日(土) 金沢工業大学 扇が丘キャンパス(石川県野々市町) 20チーム
- 関西(滋賀、京都、奈良、大阪、和歌山、兵庫):9月16日(日)・17日(月・祝) 京都コンピュータ学院 京都駅前校(京都府京都市) 50チーム
- 中四国(岡山、広島、鳥取、島根、山口、香川、徳島、愛媛、高知):9月22日(土) 福山大学社会連携研究推進センター(広島県福山市) 30チーム
- 九州(福岡、佐賀、長崎、大分、熊本、宮材、鹿児島):9月1日(土)・2日 調整中(開催地は福岡県福岡市) 60チーム
- 沖縄(沖縄):日程・会場共に調整中 20チーム
- CS大会:11月14日(水) パシフィコ横浜(組込み総合技術展 ET2012併催)
- モデルワークショップ:11月15日(木)(組込み総合技術展 ET2012併催)
なお、主催、協力、協賛団体、スポンサーからの参加チーム以外は先着順での申し込みとなる。そのため、受け入れ可能チーム数を超えた場合、他地区で枠が開いている場合は、そちらでの参加も可能だ。また、同一企業・団体・学校で複数の申し込みの場合は、受け入れ可能数を上回った時は、チーム数を減らすよう依頼される場合もあるということだ。
この中で注目すべきは東京大会の会場だろう。例年、工学院大学新宿キャンパスの1Fホールが会場として使用されているが、今年は工学院大学が創立125周年記念のイベントの都合で使用できないため、早稲田大学での開催となる。来年以降も早稲田大学で開催する予定だそうだ。
ちなみに、工学院大学の新宿キャンパス1Fホールは大きな天窓があり、開放感があるのだが、光センサでライントレースする走行体にとっては非常に苦手な会場として有名だった。それが早稲田大学の施設に移ることでなくなるため、難易度が下がるといえよう。果たして、完走率は高くなるのかどうか、期待である(2011年の東京大会の記事はこちら)。
参加者の予想数は、希望的観測も含めて380チーム。昨年までは2009年の354チーム(約1700人)をピークに、わずかだかチーム数は減少傾向(2010年343チーム、2011年は338チーム)と、頭打ちの感じがあった。ただし、参加人数自体は、1チームの人数が増えているようで、2009年・2010年の約1700人から、2011年は1900人となっている(画像6)。ただし、今年は地震の影響も昨年ほどではないのは確実と思われ、また前述したように初級者が参加しやすいよう工夫をすることで、参加チーム数を増やしたいとしている。なお、昨年は第10回記念大会ということで、参加チーム数が大幅増の52だったが(各地区の上位3チーム)、今年は例年通りの40に戻す予定だ。
そのほか、2012年の予定で特筆すべき点は、オブジェクト指向スクリプト言語の「軽量Ruby」をマインドストームNXT走行体の開発環境として利用できるよう、九州地区の軽量Rubyプロジェクトと連携しての対応が進められている。初級者の参加しやすさ、PCなどとの連携開発のしやすさなどを考慮しての計画だ。
そして競技についてだが、まず競技規約は2011年をベースに内容を変更する予定で、詳細は検討中。4月中旬に公開予定だ。基本的な競技内容は2011年から継続され、難所はあまりなく、ゴールにたどり着けばそのタイムが完走タイムとなるベーシック・ステージと、難所をクリアしてボーナスタイムを稼ぐためのボーナス・ステージで構成される(画像7・8)。難所は変更を検討しているが、2011年のものを継続する可能性もあるという。大きく変わるのは、Bluetoothを必須とするか、採用時にボーナスを付与する方向で、使うことを前提で開発を進めた方がいいようだ。
画像7。2011年のコースレイアウトと難所。ほぼこのままということだが、若干変わる可能性もある。今年は尻尾走行は禁止されていないため、より多くのチームが取り組んでくると思われ、完走タイムで10秒台も期待される |
画像8。実際のコース。東京地区大会で撮影したものだが、コースレイアウトはどの地区大会もCS大会ももちろん同じ |
そして、2011年に登場した高速走行を支えるための尻尾(降ろし)走行(画像9・10)は、禁止とはならない。実際、走行体は「2輪倒立振子制御」であることが条件なのだが、車輪を使っているわけではないことと、参加者側から生まれてきたアイディアなので、逆に主催者サイドとしては大変喜ばしいということで、禁止しないとした。ただし、2輪倒立振子制御のみで走行する(尻尾走行禁止)ゾーンもしくは難所を設定する方向だ。
画像9。尻尾走行の様子。尻尾は、アウトコース側の最初にある難所「ルックアップゲート」での必要性などから設けられた。しかし、尻尾を降ろして3点確保すればよりスピードを出せ、タイムを稼げるということがわかり、CS大会はトップチームの多くが尻尾走行で走った |
画像10。こちらは比較までに、通常の2輪倒立振子制御で走行している様子。尻尾が上がっているのがわかるはずだ |
走行体は、前述したようにレゴ・マインドストームNXTを利用したもので、超音波、ジャイロ、タッチ、光、ロータリーエンコーダ(モータ内)の5種類のセンサと、左右の駆動輪および尻尾駆動のモータを装備(画像3)。マイコン上のプログラムによる自律制御、ライントレース系(絶対にトレースしなければいけないというわけではない)の競技となる。走行体は2011年からは変更しない方針だが、尻尾に関してはコースマットとの摩擦軽減のため、尻尾形状などのマイナー変更を検討中だ。
開発環境は、2輪倒立振子制御はCライブラリとして提供。制御工学の知識がなくても走らせられ、基本機能を確認できるサンプルプログラムも提供される。「nxtOSEK(C/C++)」、「TOPPERS/JSP(C/C++)」および「TOPPERS/ASP(C/C++)」、「UTOS(C/C++)」、「leJOES(Java)」などを利用できるが、それ以外の開発環境で参加したい場合は、ダメなのではなく、要相談だ。
また、モデル審査の方法に関しては、2011年とは大きく変わらない。審査基準を「モデルの書き方」、「追加課題」、「オリジナリティ」、「モデルの内容」の大別して4カテゴリに関して(画像11)、4つのレベルで評価。A:素晴らしい、B:良い、C:不十分、D:再検討である。さらに、各項目の評価レベルを点数化し、そして重みを加味して最終評価点をA、A-、B+、B、B-、C+、C、C-、D+、Dの10段階のレベルを付与するという流れだ。各チームへのフィードバックとしては、設計面と性能面に分けて、良かった点と気になった点をそれぞれコメントとして記述する形である。
今回の記者発表会では、2004年大会のエクセレントモデル(画像12)と2011年大会のエクセレントモデルの比較(画像13)もなされ、どれだけ複雑になったかが見て取れる。10年間のモデルの進化がわかるというものである(画像14)。そのほか、2011年のモデル審査結果の各地区大会とCS大会の各項目の平均で比較したレーダーチャートや、各地区別の平均点なども公表された(画像15)。
画像12。2004年大会のエクセレントモデルのチーム「KERM」(東横システム)のもの。フローチャート的でかなりシンプル |
画像13。2011年大会でエクセレントを獲得したHELIOSのモデル。A4用紙5枚をめいいっぱい使っても、文字サイズがかなり小さい。B4用紙にするか、A4用紙6枚にするか、何か対策を採らないとこの密度はあふれる寸前 |
画像14。モデルの10年間の変遷。要素が増え、年々難しくなってきたことがわかる。今年はもっと初心者のことも考慮する形になる予定だ |
画像15。左上は、2011年のモデルの項目別に見た、各地区大会の平均と、CS大会の平均比較レーダーチャート。CS大会は当然高い。右下の棒グラフは、2011年の各地区別で見たモデルの平均点の比較。2010年に総合1-2-3フィニッシュを飾った南関東がやや抜けている感じ |
そして2012年に向けては、2011年大会のアンケート結果を検討するということで、「審査結果の公開」や「審査結果に関するより多くのフィードバック」、「他チームとの相対的な位置」、「より多くのコメント」などが寄せられたことから、検討を行っているとしている。そのほか、モデル審査の内容や基準にタイする意見として、「性能モデルが実験レポートに傾倒しすぎ」というものも。技術教育にタイする要望として、「もっと初心者向けの内容を増やしてほしい」というものもあったそうだ。
また、モデル審査で問題となっているのは、実はモデル密度と参加チーム数が増しているため、特に地区大会での審査工数が激増しており、モデル審査にかかる時間が年々増大していることだという。現在の方法では、より詳細なフィードバックや審査内容の追加は不可能であり、前述の要望に応えるのは厳しいようだ。
そこで、2012年のチャレンジとして考えられているのが、まず「全員参加の「いいね!」型モデル審査」。審査する側、される側という意識が、みんなで大会を作っているというロボコンのあり方を希薄化してしまっていること、現在のフィードバックだけでは審査委員個々の思いやコメントを伝えきれないためにこの方法が考えられているというわけだ。
そして審査委員会だけでなく、参加チームも審査に参加することで公平感・納得感を高めるのが狙いでもある。そこで、参加チームからの投票を受け付ける、最終評価は審査委員会の評価と参加チームの投票結果により決定する、審査委員それぞれの評価や一押しモデルも積極的に公開することで審査委員の「顔が見える」審査にする、などが考えられている。2012年は、地区大会からの導入は時間的な余裕などもないので、テストケースとしてCS大会で採用を検討中だ。
さらにチャレンジのその2として、モデリング初心者にフォーカスした教育が考えられている。従来の教育資料は、初心者から経験者まで広くカバーすることが目的だったため、初心者には難しい部分もあったという。そこで今年は、スキルアップの前に、まずはモデリングの「価値を実感してもらう」ように方向転換をする。サンプルモデルを使って体験できる仕組みなどを通して、モデルを使うとどれだけ開発が楽か、これまでの「大変さが嬉しさよりも先行してしまう」状況を逆転させていくというわけだ。総合的な教材として、今までの教材の提供も併用するという。また、実際の進め方(ツールの活用、時間配分など)は今後検討を予定しているとした。
そのほか特別ゲストとして、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)ソフトウェア・エンジニアリング・センター所長の松田晃一氏も「ロボコンへの期待」を講演。ETロボコンの魅力やモデルベース設計への期待、IT融合による新たなシステム産業の創出などについて語った。ETロボコンには2011年のCS大会でIPA賞を贈賞したが、2012年は地方大会でも贈賞するとした。
ETロボコン、近年はほぼ1年を通した活動となっているが、今年もいよいよ動き出したというわけだ。今年はどんなテクニックが出てくるのか、まだ半年以上も先だが、地区大会やCS大会を待ちたい。