単にメンバーがカメラを意識しない自然な映像が撮れただけではない。カメラを回すスタッフがメンバー個々の性格を熟知していたことも、臨場感のある映像として結実した。

高橋栄樹(たかはし・えいき)
1965年生まれ。岩手県出身。日本大学芸術学部在籍時にウィリアム・S・バロウズに関するビデオ作品「Alon at Last」を制作し、「第2回ビデオテレビジョンフェスティバル」でグランプリを受賞。映画『Jam Films 2/CLEAN ROOM』(2003年)、『コネコノキモチ』(2011年)ほか、THE YELLOW MONKEY、ゆず、Mr.Children、CHAGE&ASKA、エレファントカシマシなど数多くのミュージックビデオを手掛ける。AKB48のMVは「軽蔑していた愛情」「夕陽を見ているか?」「桜の花びらたち2008」「大声ダイヤモンド」「10年桜」「涙サプライズ」「言い訳Maybe」「RIVER」「ポニーテールとシュシュ」「君について」「君の背中」「上からマリコ」を担当

高橋監督「中には目のアップだけを撮ったスタッフもいたんです。何でそこだけ寄ったのかは不明だけど、多分、そのスタッフは何か"来るものが"あったんでしょう(笑)。記録を目的としたカメラなので劇場映画用には撮影されていないため、その時々の状況を説明するような、いわゆる“引きの画”はあまり撮れていません。ただ、本当にメンバー一人一人の気持ちをよく理解しているから、その子の一番いい表情をちゃんと抑えているんです。それが予想以上に面白い。最近はハリウッド映画なんかでもハンディーで撮った映像が結構使われていますよね。『ここが物語の舞台ですよ』って説明するような引きの画じゃなく、いきなり人物に寄った映像から始まるような。あの感覚のものが、より自然に撮れていました」

――監督自身が特に面白さを感じたのは、「選抜総選挙」の映像だという。AKB48の活動の中でも特に知名度が高いイベントだけに、テレビやwebで目にする機会の多い映像だ。しかし、イベントの舞台裏ではなく、あくまでメーンステージの映像が面白いという意外な話をしてくれた。

高橋監督「あのイベントの映像はいろんな場所で流れたけど、一般的に見慣れているのはスイッチングのかっちりしたフィックスの映像じゃないですか。それを全部ドキュメンタリー用のハンディーカム映像でつなぎ直しました。そうすると、もう結果やら何やら知っている展開なのに、あらためて面白く見ることができたんです。ベタな言い方ですけど、本当にその場に立って見ているような感じがして。例えばテレビの人気ドキュメンタリー番組などは、作品としてしっかり完成されています。でも、この選抜総選挙の映像ほどの臨場感はないと思います。カメラマンと被写体の関係が"初対面じゃない"というだけでまるっきり違った映像になっています。かゆいところに手が届き、そしてかきまくっている感じです(笑)」

――「軽蔑していた愛情」のMVを撮影してから約5年。本作では自らインタビュアーも担当した高橋監督の目に映るAKB48とは、どんなグループなのだろうか。

高橋監督「今まで、各メンバーと1対1で話をする機会はほとんど無かったので、『この子はこんなこと考えているんだ』という率直な驚きがありました。誰というわけではなく、インタビューをしたメンバー全員に対してです。例えば小嶋陽菜さんは、一般的には"フワフワした雰囲気"という印象が強いと思うんです。でも、ちゃんと音楽のことを分かっているし考えてもいます。そして、自分たちがそれをどう見せたらいいのかという方向性もつかんでいる。そういう意識を一人一人が明確に持っています。人気の絶頂にいるからといって、浮ついたメンバーは一人もいないと思います。

僕はいろんなアーティストのMVを撮っていますけど、その被写体が売れるかどうかまでは分かりません。ただ、AKBに関しては、『軽蔑していた愛情』の時から真面目にいいものを作っているという姿勢は感じていました。もともとシンガーソングライターのPVを作っていたせいか、僕の中にアイドルに対する先入観があったんです。AKBに限定したことではないけれど、極端に言えば"お祭り騒ぎをしている集団"というようなイメージ。ただ、『軽蔑~』はいじめと自殺について書かれた曲で、非常にメッセージ性が高い作品でした。それに加えてメンバーの身体能力も高く、しかもみんな真面目に取り組んでいた。僕が抱いていたアイドル感は間違っていたんだとすぐに考えをあらためました。むしろ、ものすごいプロフェッショナル集団として見えましたから。多分、アイドルは昔からそうだったんでしょう。僕が誤解していただけなんです。もちろん、AKBには既存のアイドルとは違う面もありますよ。

人間には多かれ少なかれダークな部分があり、アイドルとはそれらを完全に消毒する人たちだったと思うんです。ダークさを隠しながら何かを表現する人たちだと。でも、『軽蔑~』はむしろそういう面を押し出している曲だし、AKB自体がそういうグループなんですよね。そう考えたら、自分で曲を作るタイプのアーティストたちと同じ感覚で撮れたんです。"アイドル界のミスチル"みたいな人たちだなって思いましたね。

Mr.ChildrenのPVを撮ったこともあるのですが、彼らも非常に誠実で、その誠実さで物を作っています。きちんと世の中に伝えていくために試行錯誤している。その印象をAKBからも受けました。『軽蔑~』を撮り終えた後に、『お疲れさまでした!』と言う彼女たちの笑顔を見てちょっと驚いたことを覚えています。『この子たちも笑うんだ』って。僕がそう感じるほどに、撮影中の彼女たちは曲の世界に対して誠実だったんです。その姿勢は今でも変わっていないと感じています」

――誠実さを持ち、地道な活動を経て花を咲かせたAKB48の姿からは、社会全体の共感を呼ぶテーマが見えてくるという。

高橋監督「僕らが生きている社会の中で"ままならないこと"って必ずおきますよね。そういうものに直面した時に、どう対処していくべきなのか。規模の大小はともかく、その状況にぶつかった時に何を考え、どうしていくのかという悩みは人間誰しもに共通しています。その辺のことを伝えられる作品になったという手ごたえはありますね。今回、僕が背負っているミッションは、多分、まだメンバーのことをよく知らない方々に"AKB48を尊敬していただく"こと(笑)。人気がある一方で、『CDを複数買いしてもらっているからでしょ?』とか『握手してなんぼでしょ?』と思っている人も多く、実際にそういう声も聞こえてくる。ただ、AKBの活動や音楽は間違いなく良いもの、素晴らしいものだと思いますし、どこかで資本主義の論理と戦っている…というか、その論理を背負って活動しているわけです。その中でしっかり結果を残し、誠実に活動を続けている姿勢は尊敬に値すると思えるんです。

僕が今回のドキュメンタリーを見ていただきたいと考えているのは、中高生と30代以上の大人たちです。中高生には普段テレビに映っている明るい彼女たちではなく、その裏にあるシビアな面を見てほしい。悩みそのものの内容は当然違うでしょうが、同世代としてとても近い感覚で悩んでいる姿に共感できるはずです。大人たちには社会の中で起こっているさまざまな現象と照らし合わせて見ていただきたいですね。僕自身、『軽蔑?』を撮る前と後ではアイドルに対する認識が変わりました。その時の感覚は、今でもAKBに対して持ち続けています。僕が感じたものを、そのままこの作品を通して伝えたい。それこそがドキュメンタリーなんだと思っています」

映画『DOCUMENTARY of AKB48 Show must go on 少女たちは傷つきながら、夢を見る』は1月27日(金)より全国公開。