Windows Thin PCとは

以前からマイクロソフトはシンクライアント用OSとして、その時々のメインOSをチューンアップし、リリースしてきた。Windows XP時代は「Windows Fundamentals for Legacy PCs」というOSをリリースし、一世代前のコンピューターでも、Windows XPと同等の環境を得ることが可能だった。

具体的には組み込み型OSである「Windows XP Embedded」を軽量化し、OSとして備える機能はセキュリティおよび管理ツール程度。大半のアプリケーションはサーバーからリモート実行する仕組みである。

このように大半の処理をサーバー側に担わせ、クライアント側は必要最小限の処理を行うシステム構成を「シンクライアント」と称するが、ネットワーク環境の充実や、リモートデスクトップツールを取り巻く環境の高性能化などが相まって、再び注目が集まっている。

前述のとおりWindows Fundamentals for Legacy PCsは、Windows XP相当の設計だったが、今は既にWindows 7の時代である。そこで新たに登場したのが、「Windows Thin PC」だ。Windows 7ベースのWindows Embedded Standard 7を用いた、VDI(Virtual Desktop Infrastructure)用端末OSに位置する。

これらの内容からエンドユーザー向けではないのは自明の理だが、筆者の本誌連載記事に投稿された読者のなかには、個人でWindows Server 2008 R2マシンを設置し、家族で使っている方も少なくなかった。そこで、Windows Thin PCをエンドユーザー視点で検証し、その結果を報告する。

シンクライアントとWindows Thin PC

Windows Thin PCに関して詳しく述べる前に、もう一度シンクライアントという概念について解説しよう。このシンクライアントという概念は決して新しいものではなく、我々がよく耳にするようになったのは、1996年頃にSUN(現Oracle)が提唱したNC(Network Computer)という試作コンピューターだ。

前述のとおりシンクライアントは、ユーザーが実際に操作するクライアントとアプリケーションの演算や処理をサーバー側で行うことで、ハードウェアリソースやセキュリティ対策の一極集中管理が可能になるというもの。

また、クライアント側となるコンピューターも必要最小限のハードウェア構成で済むため、大量のコンピューターを導入する官公庁や企業ではコスト面のメリットも大きくなる。

このシンクライアントが改めて見直されている理由の一つが、ここ近年耳にするようになった「クラウド」の存在だ。正しくはクラウドコンピューティングと称される同概念を端的に説明すると、ネットワーク経由で様々なサービスを利用する形態である。

先のシンクライアントは、あくまでも閉じたネットワーク(インターネットを利用するケースも少なくない)を前提としているが、クラウドコンピューティングはインターネット経由で使用することが多い。つまり、利用形態に差があるものの、エンドユーザー側のコンピューターはシンクライアントレベルで十分となるのだ。

シンクライアントには軽量化したOSが必要となるが、Microsoftが出した一つの答えが、Windows Thin PCである。同OSのシステム要件は以下のとおり、32ビット版Windows 7と大差がない。また、搭載されるアクセサリ系ツールもWindows 7のそれと変わらないが、UNIXのコマンドライン環境をWindows OSに提供する「UNIX-based Applications」のダウンロードリンクが用意されている(図01~02)。

Windows Thin PCのシステム要件

  • 1GHz(ギガヘルツ)以上の32ビットプロセッサ
  • 1GB(ギガバイト)のRAM(メモリ)
  • 4GB以上のハードディスク空き容量
  • WDDM(Windows Display Driver Model)1.0以上のドライバーを搭載した DirectX 9グラフィックプロセッサ

図01 Windows Thin PCは32ビット版Windows 7と同等のシステム要件で動作する

図02 Windows Thin PCに搭載されるツール一覧

リンク先のWebページタイトルからもわかるように、2008年にリリースされたWindows Vista/Windows Server 2008向けのパッケージだ。実際に導入してみると、肩透かしを食らってしまうほど難なく動作する。これはWindows Vistaで採用されたカーネルの骨格が、そのままWindows 7にも受け継がれているためだ(図03~04)。

図03 リンクから開くWebページ。UNIX-based Applicationsのダウンロードが可能

図04 Windows Thin PCでも問題なく動作する。画面はKorn Shell

ご覧のようにWindows Thin PCのシステム要件はWindows 7と大差ないものの、その一方で、Windows Thin PCがサポートしていない機能もいくつかある。下記囲みにまとめたとおり、.NET Framework 3.5やMPEG2に代表される動画/音声コーデックは未サポート。

Windows Thin PCが未サポートの機能

  • .NET Framework 3.5
  • MPEG2に代表される動画/音声コーデック
  • Microsoft Security Essentials
  • Windows Live Essentials

気になるセキュリティ対策だが、囲みに列挙されながらも、Microsoft Security Essentialsを導入することは可能である。では、なぜ未サポート機能リストに加えられているからと言えば、Windows Thin PCは企業向けのソフトウェアアシュアランスの特典(詳しくは後述)であり、Microsoft Security Essentialsはあくまでも個人向け(小規模ビジネスに限り10台のコンピューターまで使用可能)のソフトウェアだからだ。

そのため、正しく使うのであればセキュリティ対策ツールは、Microsoft Security Essentialsではなく、企業向けのセキュリティ対策ツールであるForefront Endpoint Protection 2010を使用することになる。ただし、同ソフトウェアも公開済みの更新プログラムを適用が必要なので注意して欲しい(図05)

図05 Microsoft Security Essentialsは動作するが未サポートとなる

Windows Thin PCは、用意されるソフトウェアのラインナップやActive Directoryドメインへの参加機能を備えていることを踏まえると、Windows 7 Enterprise相当の機能が備わっていると考えるべきだろう。だが、画面をご覧になってわかるように多言語ユーザーインターフェースは提供されず、UIは皆英語表記となる。日本語IMEも使用できるため、Windows 7の操作に慣れたユーザーであれば、大きな問題にはならないはずだ(図06~07)。

図06 セットアップ時に「Japanese」を選択すれば、日本語IMEが導入される

図07 初期状態ではサイズが小さいものの、フォント設定を変更すれば、適切なサイズで日本語が表示される

Write Filterでパフォーマンスアップ

Windows Thin PCにおける最大の長所は、ハードディスクドライブへの書き込みを、特別なキャッシュ領域にリダイレクトするWrite Filterの存在。組み込み型OSであるWindows XP Embeddedが主流だった時代、Write Filterを取り出して通常のWindows XPに導入することで、ネットブックなど軽量非力なコンピューターのパフォーマンスを向上させるチューニングとして、持てはやされたことがあるのを覚えている方も少なくないだろう。

Windows Thin PCにも同様のロジックが組み込まれており、OS全体のパフォーマンス向上に大きく寄与する。初期状態では無効になっているが、コマンドラインからちょっとした操作を行うことで有効にすることが可能だ。個人的には、Windows XP Embeddedのときのようにコンポーネントを借用して、Windows 7のパフォーマンスをどの程度向上させる点に興味を惹かれるが、本稿と主旨が異なるため、この辺で止めておこう。

このように、“いくつかの機能が削除されたWindows 7”であるWindows Thin PCだが、個人ユーザーが入手する術は限られている。そもそも同OSはMicrosoftのソフトウェアアシュアランスサービスの特典であり、ソフトウェアアシュアランスサービスを受けるには、Microsoftとボリュームライセンスの契約を結ばなくてはならない。

ボリュームライセンスとは、一つの製品に複数のライセンス(利用権)をまとめ、割引価格で提供する販売形態だが、個人ユーザーが複数のコンピューター用OSをまとめて購入する機会は希である。以前は個人(事業主)として安価に購入できるキャンペーンも展開されていたが、執筆時点ではWindows 7パッケージ版と比較しても高価になりがちで、お勧めすることは難しい。

そのため、Windows Thin PCを一個人が使用する機会を得ることは難しいが、その内容は数世代前のコンピューターを活かした簡易的な操作環境やインターネット端末として使用するメリットは少なくない。

Windows Fundamentals for Legacy PCsは、ソフトウェアアシュアランスの特典に限定されていたが、Windows Thin PCは同特典に加え、MSDN/TechNetサブスクリプションによる配布も行われている。これがMicrosoftの方針転換を意味するのか断言できないが、同OSの優位性を確認する機会が増えたことは事実だ。願わくばMicrosoftには、エンドユーザーがWindows Thin PCを簡単に入手できる販売経路の拡大を考慮して欲しいものである。

阿久津良和(Cactus