これに続いて、1984年にIBMによって、米国のロスアラモス研究所などの2000m以上の高地に設置されたコンピュータのキャッシュSRAMのエラー頻度が高いことが発見された。調査の結果、宇宙線を起因とする中性子が、アルファ線と同様にシリコンにぶつかった時に、電子、正孔ペアを発生させることがエラーの原因であることが判明した。次の図は、IBMのR&Dジャーナルの特集号に掲載された宇宙線による中性子や陽子シャワーの発生状況を示した図である。

宇宙線による二次、三次粒子の発生(出典:IBM J. RES. DEVELOP. VOL. 40 NO.1 JANUARY 1996)

この図によると、宇宙からの直接の宇宙線粒子は地上25km程度で大気に衝突して消滅してしまうが、衝突により各種のサブアトミックな粒子を生成し、それが更に2次、3次の粒子を生成する。そして、最終的には陽子pと中性子nが地上に達する。この図では海面レベルで1平方cmに毎秒1個程度と書かれているが、どのエネルギーレベルで見るかにもより、最近では、海面レベルでは、10MeV以上のエネルギーを持つ中性子だけで1平方cmに毎秒14~15個程度ということになっている。

そして、この図にも書かれている様に、高度が高くなると密度が増え、ロスアラモス研究所では、海面と比較して6倍程度の頻度になる。ここに大量のSRAMを使うスパコンが設置されたので、最初に述べたようにSRAMのエラー問題が見つかったのである。

中性子は電荷を持たず、また、アルファ粒子よりサイズが小さいため、衝突断面積が小さく、大部分は半導体チップを通り抜けてしまうが、運の悪い中性子はシリコン原子と衝突してしまう。このように中性子は貫通力が高いので、アルファ線と違って、次の図のように、シリコン原子と衝突した場所で大量の電子-正孔ペアを生成する。そして、衝突場所が正の電極に近い場合は、電子は電極に吸収され、負の電流ノイズパルスとなる。

中性子の衝突による電子 - 正孔ペアの発生

1978年のIntelの発表から、アルファ線に対する対策が業界をあげて推し進められ、パッケージに使用するセラミックの原料やハンダの原料の鉛から放射性同位元素を取り除く精製技術が開発され、近年では、アルファ線問題が無くなった訳ではないが、最重要の問題ではなくなっている。

また、アルファ粒子は最大でも10MeV(メガ・エレクトロンボルト)程度のエネルギーであるが、中性子の方は圧倒的にエネルギーが大きい。前に述べた、1平方cmあたり毎秒14~15個というのは10MeV以上のエネルギーの中性子の個数である。宇宙線起因の中性子は、エネルギー値に逆比例して個数が減少するというエネルギースペクトラムを持つが、数十、数百MeVの粒子も存在し、衝突すると大量の電子 - 正孔ペアが生成されてしまう。

これらの衝突によって発生する電流ノイズパルスがどれだけの電圧ノイズを発生するかは、V=Q/Cで表される。電流を時間積分した電荷Qは、中性子のエネルギーや、衝突箇所と電流が注入されるノードの距離などに依存するのであるが、このQは設計とはほぼ無関係に決まってしまう。従って、ノイズ電圧Vは、電流が注入されるノードの寄生容量Cの逆数になる。

ここが問題で、半導体が微細化するにつれて寄生容量が減少し、それに逆比例してノイズ電圧が増加する。また、微細化に伴い電源電圧も低下するので、より小さなノイズ電圧でも回路は誤動作するようになる。ということでダブルパンチでエラーが増加する。

しかし、微細化で回路が小さくなると、中性子が当たる確率も減るという効果があり、SRAMやフリップフロップの1ビットのエラー率は、微細化にも拘わらず、歴史的には、ほぼ一定の値で推移している。つまり、1ビットあたりのエラー率は微細化してもあまり変わらないが、チップ全体のSRAMビット数やフリップフロップ数は微細化に伴って増加するので、宇宙線起因の中性子によるチップ全体のエラー率は増加している。このため、社会基盤や企業の基幹業務を遂行するようなシステムにおいては、このような中性子のヒットによる誤動作を極力減らすことが重要になって来ている。