セイコーエプソンが、長期ビジョン「Epson 25 Renewed」を発表した。同社では、2016年度から2025年度までの10年間におよぶ長期ビジョン「Epson 25」を推進してきたが、社会環境の大きな変化を受けて、これを大幅に見直し、2025年度までの経営指標などを新たに策定。さらに、新たなビジョンステートメントを打ち出したほか、「環境ビジョン2050」を改定し、2050年にカーボンマイナスの達成を目指すことになる。ロングインタビューの前編として、新たなスタートラインに立ったセイコーエプソンのいまと未来を、同社・小川恭範社長に聞いた。

  • セイコーエプソンが新たな長期経営ビジョン「Epson 25 Renewed」を発表した。今回は、同社の小川恭範社長にお話を伺った

    セイコーエプソンが新たな長期経営ビジョン「Epson 25 Renewed」を発表した。今回は、同社の小川恭範社長にお話を伺った

Epson 25からEpson 25 Renewedへ、表出した課題

――2016年3月に打ち出した「Epson 25」は、これまでの5年間において、なにが成功して、なにが失敗したと判断していますか。

小川:「Epson 25」では、2025年度の売上高を1兆7,000億円、事業利益率12.0%に設定しましたが、残念ながら、その達成は困難となりました。それにはいくつかの理由があります。たとえば、製品、サービスの拡充や、経営基盤の強化に取り組んできましたが、それが十分な成果には結びついていませんでした。そこには、いくつかの問題点があったと認識しています。事業戦略や見通しには甘さがあり、過度な売上げ成長を前提とした計画だったと言わざるを得ません。また、戦略実行のスピードも不足していました。

――具体的にはどんな点ですか。

小川:プリンタヘッドや大容量インクタンクモデルなど、高いプレゼンスを持つハードウェアがありながらも、ソリューション展開といったところまで広げることができなかったという点がひとつの反省です。また、プロジェクターも途中までは好調でしたが、代替技術として競争力が高まってきたフラットパネルディスプレイへの対抗という点で、準備が遅れたという認識があります。忍び寄る陰に対して、しっかりと準備ができていなかったという意味では、失敗だといえます。

商業・産業用プリンターも、製品ラインアップや販売体制の構築の遅れという意味では失敗であり、問題点のひとつです。ただ、ここでは、当初予定よりはかなり遅れているものの、いい製品ができはじめ、アナログからデジタルへ移行するという機運も高まっています。課題はありますが、いい方向には向かっています。

この1年で、想定以上に世の中のデジタル化が進行しました。エプソンは、サイバー空間とリアル空間をつなぎ、デジタルを重視するという姿勢を打ち出していましたが、結果として、打ち手が少なく、後手に回ったという反省があります。

結果として、顧客理解や競合視点が不足し、性能の良いモノを作れば売れるというマインドが残ってしまい、社会要請変化への感度の不足と、全社戦略への落とし込みの弱さ、戦略実行のための能力不足と自前主義への偏重といった課題も表面化してきました。

  • 「Epson 25」における2025年度の業績目標は「達成困難」になってしまった

エプソンのこれまでのビジネスモデルは、垂直統合です。これは決して悪いことではありません。垂直統合で理想的な開発、生産、販売までのすべてが強ければ垂直統合が最もいい。ただ、すべての事業がそうした状況にはありません。ある事業は垂直統合することで強みを発揮できるが、ある事業においては自分たちでやるよりも協業した方がいいという部分もある。これまでは、なにがなんでも、全部の事業を自前でやるという姿勢が社内にあったのは事実で、それが、重たい固定費構造につながってしまった事業もありました。ある技術は、協業すればもっと広がるものもあったのですが、それをしてこなかったことも反省事項のひとつです。また、製造措置もすべてを全部自分で作りあげビジネスにするという発想が基本にあった点も、これからは変えていく必要があります。コアな部分は自分たちで作ったとしても、外の得意な企業に任せれば、もっと早くできたり、安くできたりという面もあります。せっかくの強みのある技術を生かせなかったという点を真摯に反省したいと思っています。

――外から見とる、得意とするBtoC向けビジネスの体制は強化されても、法人向けビジネス体制の構築が遅れていることを感じます。

小川:ご指摘のように、戦略上では商業向けや産業向けを強化するといっていましたが、それらを実現する営業体制の強化や人材戦略が不十分でした。もともとエプソンの収益源はBtoCであり、売り切りビジネスからの収益が大きい構造になっています。そして、すぐに売上げや利益が得られるため、どうしてもそちらに偏ってしまうという傾向があります。その結果、BtoBへの対応がおろそかになりがちでした。売上げや収益の達成を最大の目標にしてしまうと、ビジネスの本質を忘れがちになってしまいます。今回のEpson 25 Renewedで具体的な収益目標を出さなかったのは、本質はなにか、ということをしっかりと捉えて、ビジネスをやっていくという意味も込めています。

成長領域では年15%成長が目標、技術・人材投資を加速

――新たに打ち出した「Epson 25 Renewed」では、「Epson 25」の反省から、どんな点を改善したのですか。

小川:それぞれの事業領域において、目指す姿を再定義し、戦略を進化させるとともに、事業領域をまたぎ、「環境」、「DX」、「共創」といった全社戦略を強化することにしました。また、事業ポートフォリオを明確化し、適切な経営資源配分を行います。同時に、戦略を実行するための経営基盤強化に取り組み、データを活用した顧客支援型営業強化、多様な人材の獲得や育成にも取り組みます。そして、外部環境の変化も捉えなおしました。エプソンを取り巻く環境は、デジタル化やAIなどの進化により、消費や生活様式の多様化が加速し、それが前倒しで進んでいます。遠隔地での業務、非接触での交流など、新たな生活様式が求められるなかで、分散化が加速し、分散化することで、コミュニケーションの阻害や分断などの課題が生まれ、つながることや、情報の重要性がさらに高まっています。こうした変化を的確に捉える必要があります。

  • 「環境」「DX」「共創」の3つがキーワード

――「Epson 25 Renewed」では、どんな基本方針を打ち出すことになりますか。

小川:不透明な社会環境の継続が予想されるなかで、取り組みにメリハリをつけることにより、収益性を確保しながら将来の成長を目指します。具体的には、事業を成長領域、成熟領域、新領域に分け、それぞれの領域にあわせた事業運営や投資を行います。成長領域は、分散化や環境への意識変化をビジネス拡大の機会と捉え、経営資源の投下を進めます。オフィスプリンティングや商業・産業プリンティング、プリントヘッドの外販、生産システムなどがこれにあたります。また、成熟領域は、構造改革や効率化などにより、収益性を重視した事業運営を行います。ホームプリンティングやプロジェクター、ウオッチ、マイクロデバイスがこの領域の事業となります。そして、新領域として、センシングや環境ビジネスなど、新たな技術や新たなビジネスの開発に取り組みます。各領域は、その位置づけと期限を明確にした上で、事業運営を進めることになります。

  • 事業を成長領域、成熟領域、新領域に分け、それぞれの領域にあわせたメリハリのある事業運営や投資を行う

――成長領域では、年平均成長率で15%という高い目標を掲げていますね。

小川:若干、チャレンジングな部分はありますが、この領域に含まれすべての事業が15%以上の成長を遂げるわけではありません。15%以上のものもありますし、もう少し控えめなものもあります。なかには、分母が極端に小さいため、極端に成長率が高いというものもあります。ただ、最低でも2桁成長は確実にやっていくという事業ばかりです。

――経営指標として、2025年度に、ROICで11%以上、ROEで13%以上、ROSで10%以上という目標を掲げました。この指標には、どんな意図がありますか。

小川:ROSが10%以上あると、その先に継続的に技術開発やビジネス開拓が行え、世の中に貢献することができる。つまり、安定的にしっかりと企業が成長できる地盤の目安とみています。ありたい体質をいかに作るか、それを作るための手段としてROSを重視することを社内にも徹底したいと考えています。また、ROICを盛り込んだのは、投資をした資金が、どう効率的に回っているかという視点で、しっかりとみておきたいからです。これらの目標値は、がんばれが達成できるものであり、同時に、これを最終目標としているわけではありません。また、会社を継続的に成長させるときに、いくつかの指標を用意し、バランスを見ながらやっていくことが大切です。どれかに偏ると、その数字だけを達成できればいいとなり、結果として、いびつなことになります。ですから、複数の指標を並べ、それに取り組むことには大きな意味があります。

  • 収益性を重視した経営指標の目標を掲げた

――「Epson 25 Renewed」では、営業戦略や生産戦略、人材戦略も重要なポイントにあげていますね。

小川:営業戦略では、デジタルを活用した顧客支援型営業に取り組み、とくに、商業・産業プリンターの領域ではソリューション提案型営業を深化させます。また、デジタルを有効活用した顧客接点の創出、拡大地域別や領域別の重点を決めた組織強化も進めます。北米のオフィス向けプリンターの専任組織の強化、中近東・アフリカの営業組織の強化は、すでに成果が出ている取り組みであり、こうした強化は、今後もタイムリーに進めていきます。また、生産戦略では、新型コロナウイルスの影響で、主力工場であるフィリピンやインドネシアでの操業が停止したことで、改めて人手に依存した生産や一極集中の脆弱性を認識しました。自動化やデジタル化はこれまで以上に加速させ、生産性を現在の2倍にまで引き上げます。また、従来は同一モデルは、一か所で生産していましたが、メインとなる製品は複数拠点で生産するなど、一極生産方式から分散生産方式へと移行させる予定です。これらの取り組みに対して、今後5年間で400億円を投資します。また、この成果は顧客にも提供することを計画しています。さらに、技術開発戦略では、基盤技術、コア技術、製品技術を進化に向けて投資を行い、材料、AI、デジタル技術を強化していきます。人材戦略では、スペシャリストの獲得や成長領域および強化領域への人材の重点配置のほか、専門教育の充実やローテーションの加速などによる人材育成強化や、ダイバーシティや自由闊達で風通しの良い組織風土づくり、働き方の多様化などに対応した組織の活性化に取り組んでいきます。一方で、経営判断の迅速化に向けて、グローバル統合IT基盤の整備による情報の一元管理も図ります。

脱炭素に本腰、環境技術開発にも大規模投資へ

――Epson 25 Renewedのビジョンとして、「省・小・精の技術とデジタル技術で、人・モノ・情報がつながる、持続可能でこころ豊かな社会を共創する」ことを掲げました。これはどんな意味を持っていますか。

小川:さきほどお話した外部環境認識を踏まえ、あらゆるものが、過度な集中から分散へと向かうなか、人、モノ、情報を、スマートにつなげるソリューションを、個人の生活や、産業、製造の現場にまで、広く社会へ提供し、ありたい姿の実現に取り組んでいきます。そこで重要となるのは、「環境」、「DX」、「共創」の3つの取り組みとなります。エプソンは、環境への貢献に重点を置き、その上でイノベーション実現のためにデジタル技術を活用し、多くのパートナーとの共創に取り組みます。

  • 「環境」への取り組みにも重点が置かれる

環境では、商品、サービス、製造工程での脱炭素と資源循環に取り組むとともに、お客様のもとにおいて、環境負荷低減を実現する商品やサービスの提供、それにあわせた環境技術の開発を推進します。脱炭素や資源循環、環境技術開発では、今後10年間で1,000億円の費用を投下し、サプライチェーンにおける温室効果ガス排出量を200万トン以上削減しまた。また、2023年には、エプソングループ全体の消費電力のすべてを再生可能エネルギー化します。これは、2022年3月には、先行して日本国内で達成する予定です。さらに、経営資源の多くを、環境負荷低減に貢献する商品、サービスの開発に集中させます。インクジェット技術は他の印刷方式に比べても廃棄物が少なく、消費電力が少ないなど、優れた環境特性を持っています。それ以外にも、省・小・精の技術に支えられた環境性能に優れていた数多くの技術があります。これらの技術を活用して新たなビジネスを生み出すことも進めていきます。

また、DXへの取り組みでは、エプソンが持つデータ活用やサービス活用の基盤を共通化するなど、強固なデジタルプラットフォームを構築し、ビジネスや教育をつなげるソリューション、保守サービスなど、お客様のニーズに寄り添い続けるソリューションをパートナーと共創していきます。ここでは、APIを公開し、他社の機器との接続なども進めたいと思っています。さらに、データを活用することで、お客様を深く知り、サービスの拡充や新製品の創出にもつなげていくつもりです。使用状況を見て、製品の回収や再利用などが可能になり、製品のライフサイクルの改善、当社のビジネスモデルの変革につながります。

そして、共創への取り組みでは、省・小・精による技術や製品群をベースとし、共創の場の提供、人材交流の活発化、コアデバイスの提供、CVCを活用した協業や出資を通して、様々なパートナーとともに、社会課題の解決につなげる活動を増やしていきます。

オフィス印刷減少など激しい環境変化、プリンティング事業への影響は?

――これまでは、4つの軸からイノベーション戦略を実行してきましたが、Epson 25 Renewedでは、5つのイノベーション領域に再編しましたね。

小川:従来は、テクノロジーを軸にイノベーションの実現を目指していましたが、お客様価値や社会課題の軸で、イノベーション領域を設定し、オフィス・ホームプリンティングイノベーション、商業・産業プリンティングイノベーション、マニュファクチャリングイノベーション、ビジュアルイノベーション、ライフスタイルイノベーションの5つのイノベーション領域に取り組むことにしました。

  • 再編した5つのイノベーション領域

――まず、オフィス・ホームプリンティングイノベーションでは、どんな取り組みがポイントになりますか。

小川:オフィス・ホームプリンティングイノベーションでは、インクジェット技術や紙再生技術、オープンなソリューションの提案によって、環境負荷低減や生産性向上を実現し、分散化に対応した印刷の進化を主導することを狙います。リモートオフィスや在宅での印刷が増加する一方で、オフィスでの印刷が減少し、学校や塾での印刷も、家庭での印刷に分散しています。こうしたニーズに対応するため、インクジェットによる利便性向上、生産性向上を進めるとともに、低消費電力化や低廃棄物化を実現します。一方で、Paper Labのような資源循環の取り組みも進めていきます。そして、オフィスとホーム向けには、幅揃い製品ラインアップと、環境性能の訴求などによるレーザーからインクジェットへのテクノロジーシフトを推進していきたいと考えています。ドライファイバーテクノロジーによる紙資源循環、プリンター再生およびリサイクルの取り組みも加速します。そして、プラットフォーム設計による効率的な製品開発と、サブスクリプションやソリューション提供による収益の複層化を目指し、効率的な事業運営を目指すことになります。

――オフィスにおけるレーザーからインクジェットへのテクノロジーシフトの手応えはどうですか。

小川:欧州では、インクジェットが環境にやさしいということが評価されており、それがきっかけとなって、少しずつオフィスにおけるレーザーからインクジェットへのシフトが進んでいます。これからも、環境を重視した訴求を行う予定ですが、売る人たちや使う人たちに対して、もっとインクジェットの良さを訴求する必要があると考えています。そこが、まだまだ足りません。多くの方々に、インクジェット技術が環境にいいことを、もっと訴求していきたいですね。

一方で、プラットフォーム設計の採用によって、モジュラーの組み合わせのようにして新製品を効率的に出すことができ、製品ラインアップを広げることができるようになります。製品開発の仕方が変わることで、力の入れどころを変えることができ、コスト戦略競争力の強化にもプラスになります。さらに、インクジェットプリンタは、小型化に強みがあるので、新たな働き方によって、印刷環境が分散化するなかでは、優位性を持った形で利用提案が進められると考えています。ソリューションビジネスを拡大し、ハードウェアをつないで、顧客のデータをつかんで、次の商品づくりにつなげるといった社内DXによる、ビジネスの拡大や価値の拡大にもつなげたいと考えています。

――大容量インクタンクモデルは、エプソン全体では、インクジェットプリンタの約3分の2まで構成比が高まっていますね。

小川:大容量インクタンクモデルの構成比はまだ上昇すると思っています。日本では1割程度ですが、もっと増えると思っていますし、増やさなくてはならないと思っています。

――商業・産業プリンティングイノベーションでは、どんな取り組みを行いますか。

小川:インクジェット技術は、必要な場所に、必要な量のインクを置くという印刷技術であり、インクを捨てない技術、環境負荷の少ない技術です。また、アナログ印刷では容易に実現できないような繊細な表現も可能であり、応用範囲も広い技術です。多様なソリューション提案によって、印刷のデジタル化を主導して、環境負荷低減や生産性向上に貢献したいと考えています。たとえば、消費地に近い場所での分散印刷を可能にするソリューションによって、無駄のない生産の実現、バリューチェーンの変革にもつなげることができます。インクジェット技術をコアに、デジタルソリューションを組み合わせてプラットフォーム化し、お客様の課題を解決したいと考えています。また、完成品ビジネスでは、広範なニーズに応えるラインアップを一気に拡大すると同時に、データ活用によってトータルで顧客を支援するソリューションを提供し、顧客との継続的な関係構築を目指します。一方で、プリントヘッド外販ビジネスは、駆動方法などの周辺技術を含めたソリューションの提供によって、シェア拡大と共創による新規市場開拓を進める予定です。

――デジタル印刷の市場は、数年前から需要が拡大すると言われていましたが、それがなかなか進まない印象も受けます。

小川:これまで導入されていたアナログ印刷機のリプレースのタイミングもありますし、これまでの慣れた環境からスムーズに移行できる使い勝手の追求も必要です。また、ハードウェアだけでなく、サービスやソリューションをいかに用意するかといったことも重要な要素です。ただ、エプソンが開発したクラウドソリューションは、いいものができたと自負していますから、これを広げることで、より使いやすい環境を提案できると考えています。さらに、まだ具体的な形にはなっていないのですが、もっと先には、これに他社のプリンターをつなげたり、アナログ印刷機と連携したプラットフォームになると、エプソンの商業・産業プリンターに移行することが楽になります。

2020年夏に商業・産業プリンターの新製品を発表し、ラインアップを強化しました。いいものができたと思っています。また、プラットフォーム設計による効率的な製品開発が可能になりましたから、今後も品揃えの充実を図る予定です。手応えはすでに出始めており、これから行けるのではないかと思っています。商業・産業用プリンター事業では、完成品ビジネスの売上高を、2025年度までの5年間で、約2倍となる2,000億円以上に引き上げる計画を打ち出しています。この目標達成に向けて力を入れていきます。

――オフィスおよびホーム、商業・産業プリンターを含めたプリンティングイノベーションのエコシステムでは、インクジェット技術をコアに、ハードとソフトの2つのプラットフォームを構築し、プリンタヘッド、エプソヒンプリンター本体、ソフトウェアソリューションという3階層でのビジネス提案を進めていくことを示しました。

  • プリンティングイノベーションのエコシステムのイメージ。ハードとソフトの2つのプラットフォームを構築し、プリンタヘッド、エプソヒンプリンター本体、ソフトウェアソリューションという3階層でビジネスを提案する

小川:エプソンのインクジェットビジネスのコアは、圧倒的なコストパフォーマンスを実現しているマイクロピエゾプリントヘッドであり、これを様々な分野に展開していくことになります。そのなかで、インクや制御システム、画像処理、精密加工、生産技術といった基盤技術を磨き上げ、プラットフォームを構築してきた実績を生かし、ここで生まれたプリンタヘッドを、エプソンのプリンターに活用するだけでなく、外販ビジネスの拡大にもつなげていきます。

エプソンのプリントヘッドは、インクだけでなく、金属をはじめとして様々なものを吐出することが可能です。多様な業種のパートナーとの協業や、オープンイノベーションを通じて、フレキシブル基板への印刷、3Dブリンティングでの活用、バイオ用途への展開など、新たな領域への拡大も進めることができます。さらに、カラーコントロールテクノロジーや稼働状況データを活用した新たなソフトウェアソリューションの展開しており、ハードウェアとソフトウェアの両面から、パートナーとのエコシステムを構築して、お客様に価値を提供していきたいと考えています。ソフトウェアソリューションは、今後、力を注ぐ領域になります。やることはたくさんあります。また、しっかりとつないで、データを活用できる環境を作ることが大切です。なるべく多くのプリンターやプロジェクターなどをつなげることが当面の目標です。その先には、他社の製品もつないで、データをもとにしたソリューションを提供したい。ここにエプソンの強みが発揮できるような状況をつくりたいと考えています。これは、長期戦での取り組みになりますね。

再設定された各イノベーション領域の現在地と将来像

――マニュファクチャリングイノベーションでは、どんな特徴を打ち出しますか。

小川:ここでは、環境負荷に配慮した生産性、柔軟性が高い生産システムを生み出し、モノづくりを革新していくことになります。多くの製造業に共通した現在のモノづくりは、別の工場で部品を製造し、それを輸送し、部品をストックし、ラインに多くの人が密集する形で生産するというものです。これに対して、エプソンが描く将来の工場は、コンパクトにユニット化された製造装置で、部品が製造され、同じ場所で組み立てが可能になるという工場です。これにより、労働力不足の解決や小ロット多品種生産への対応のほか、近消費地生産にも対応が可能になります。この実現に向けて、次世代プラットフォームを開発し、競争力がある製品を拡充します。また、センシング技術とデジタル技術を応用したモノづくりの自動化や、エプソンの技術を用いた新たな生産装置を拡充します。ここでは、小型射出成形機、3Dプリンター、立体面印刷装置、ドライファイバー生産機などが対象となります。そして、導入前の検討から、稼働、回収までをトータルにアシストする顧客支援体制の構築も進めます。この領域は、エプソンにとって、ポテンシャルが大きな事業領域だと捉えています。当面は費用投入が先行する領域になりますが、次世代プラットフォームの拡大に経営資源を集中し、製品ラインアップの拡充による売上拡大、効率的な製品開発による収益性向上を目指します。

――次世代プラットフォームとは、どんなものになりますか。

小川:ひとつは、ロボットそのものの世代がひとつ新しくなります。そして、ロボットのコントローラがかなり進化します。さらに、ソフトウェアを統一し、これも世代を進化させます。この3点セットで次世代プラットフォームを構成することになります。開発投資も集中する予定です。時期については、3つの進化を同時に行い、一斉に投入するのが最もいいのですが、個別に活用することもできますから、開発が完了したものから市場に順次投入していくことになりそうです。

  • マニュファクチャリングイノベーションで打ち出す特徴

――4つめのビジュアルイノベーションは、現在、苦戦している領域ですね。

小川:ここでは、臨場感がある感動の映像体験を提供するとともに、快適なビジュアルコミュニケーションで、人、モノ、情報、サービスをつないで、多様な学び方、働き方、暮らし方の支援を行います。これまでのコミュニケーションには、空間や時間に制約がありましたが、デジタル映像で人々やサービスをつなぐという新たなコミュニケーションを生み出していきます。高画質な大画面とスマート化により、使用環境や用途、シーンを拡大するほか、パートナーとの連携強化により、さらに質の高いICT教育環境を提供したいと考えています。ただ、ご指摘のように、なかなか売上成長が見込めない分野でもあります。おぼろげながらの姿は描いていますが、2025年の明確なイメージがまだできていないのが正直なところです。オフィスや学校分野での市場回復が不透明であること、フラットパネルディスプレイの低価格化の影響も避けられません。まずは筋肉質な収益構造を実現し、ソリューション提供による収益の複層化を進め、プロジェクター本体だけでなく、情報、サービスをつなぐことで、教育や生活にどれだけ貢献できるか、どんなユニークな提案ができるかということを検討していくことになります。

  • ビジュアルイノベーションでは、より明確な事業イメージをつくりあげなければならないようだ

――最後に、ライフスタイルイノベーションですが、BtoC領域への取り組みという理解でいいですか。

小川:名称からするとBtoCというように聞こえるかもしれませんが、この領域は、BtoBも含めた取り組みになります。省・小・精の技術に加えて、匠の技能で作りあげたウオッチや、匠の技術を活用して生活に密着したソリューションを開発し、ライフスタイルを支援することを目指します。ウオッチでは、お客様個々の感性に訴える商品をタイムリーに提供し、センシングではパーソナライズされた情報を提供し、生活の見守りや健康、トレーニング、働き方改革の支援など、ライフスタイルに合わせた安心、安全のサービスを提供したいと考えています。

とくに、センシング分野では、センシング技術だけでなく、分析アルゴリズム、ヘッドマウントディスプレイも活用し、新たな価値をパートナーとともに共創していくことになります。すでに、光学エンジン部分はパートナーと共創するといったことも始まっていますし、バイタルセンサーや加速度センサー、リスタプルGPSで培った機能も、パートナーとの共創によって、ユニークなものに仕上げることができると考えています。

エプソンブランドで出していくことも大切ですが、それだけでなく、パートナーと組んで新たな製品を提供していくことに力を注ぎたいですね。また、ここでもデータを活用したソリューションビジネスを強化したいと考えています。そのひとつの事例が、M-Tracer for Golfです。このように、エプソンブランドで完結するのでなく、協業をしながら、データでビジネスができる形にしていきたいと思っています。事業構造改革と販売改革によって黒字化を目指す考えであり、とくに、センシングは、着実に売り上げを拡大し、安定的な利益創出につなげていきます。

後編に続く)