パナソニックは、世界初となるフレーム一体成形が可能な遠赤外非球面レンズの量産技術を開発した。2022年度からの量産を目指し、遠赤外非球面レンズの普及につなげる考えだ。
遠赤外線の透過特性に優れたカルコゲナイドガラスを材料とし、新たに開発したガラスモールド成形工法と、金型技術により、従来工法に比べて、約2分の1の低価格化を実現した。回折レンズのほか、世界初となる接着剤不使用で高気密なフレーム一体レンズなど、様々な形状のレンズ製作が可能になるという。
パナソニック テクノロジー本部 デジタル・AI技術センター オプト・メカトロソリューション部の橋本昌樹氏は、「非球面レンズや回折レンズにおいて、直径3mm~40mmまでの幅広いサイズの生産が可能であり、カルコゲナイドレンズを低価格で提供することが可能になる。レンズ外周の保護、鏡筒への設置精度を向上することができ、接着剤不使用でガス汚染リスクのないフレーム一体レンズを製造できる。レンズを組み込む顧客に対する利便性を提供できるほか、高気密な鏡筒タイプのフレーム一体レンズの製造も可能になり、センサーの高感度化に貢献できる」とした。
スマート家電やスマートビルディング、車載、スマートフォン、セキュリティカメラ、防災カメラなどの用途を想定しており、「今回の工法によって、カルコゲナイドレンズが、幅広い領域に導入しやすい遠赤外レンズに進化する。高精度領域だけでなく、汎用的な領域にも活用でき、シリコンレンズからの置き換えなども想定できる。自社製品での活用とともに、パートナーへの外販を通じて、遠赤外非球面レンズの普及を進めていく。遠赤外非球面レンズ分野におけるパナソニックブランドの認知を高めたい」としている。
パナソニックが、カルコゲナイドガラスを用いた非球面レンズの生産を本格化させるのは今回が初めてとなる。
生産は、山形県天童市のパナソニックくらし事業本部光学デバイスビジネスユニット山形工場、京都府京田辺市のパナソニック インダストリー社 パナソニック デバイス日東で行う予定だ。「ガラスモールド成形技術の進化で遠赤外非球面レンズの普及を促進し、社会課題の解決に貢献したい」としている。
カルコゲナイドガラスのレンズで、2025年度には20億円の事業規模を目指す。
遠赤外線技術は、熱を持つ物体を捉えることができるのが特徴だ。照明などが不要で、温度情報や人流情報を確認できるセンサーとして活用することで、空調や換気などの制御が可能になり、エネルギーマネジメントでも効果が発揮できる。
「車内外の異常検知やセンシング、建築診断、設備の保全、スマートビルディングでの空調、換気設備、業務用エアコンなどでの利用を想定している。低画素だけでなく、セキュリティカメラなどの高画素が必要とされる領域でのアプリケーションにも用途が広がっていくだろう」という。
遠赤外レンズでは、素材ごとに分類すると、シリコンレンズ、ゲルマニウムレンズ、カルコゲナイドレンズがある。簡易センサー向けにはシリコンレンズが使用され、高精細センサーにはゲルマニウムレンズが使用されている。現在、カルコゲナイドレンズは、遠赤外レンズ全体の3割強を占めているが、光学特性の強みを生かしながら、量産性や硬度といった課題を、今回の技術によって解決することで、普及に弾みをつける考えだ。今後、3~5年で、カルコゲナイドレンズが市場全体の半分を占めると見込んでいる。
一方、ガラスモールド成形技術は、ガラスを高温高圧でプレスし、型形状を精密に転写する技術であり、カメラやセンサーの非球面レンズを量産する工法として普及してきた。
上型と下型から構成される金型に、ガラス素材を入れて加熱。約600℃、500kgfという高温、高圧でプレスし、非球面のような複雑な形状のレンズを作り出すことができる。
パナソニックでは、1980年代から、非球面レンズを中心に可視光用レンズにガラスモールド成形技術を採用。デジカメ向けレンズなどの高性能化に貢献してきたという。
1991年には山形工場において、非球面レンズの生産を開始。2006年には超高屈折率非球面ガラスモールドレンズ、2009年には世界最薄となる0.3mmの超薄肉非球面レンズ、2015年には業界最大となる直径75mmの大口径非球面レンズミラーを開発した。
金型の加工を行う型加工技術、金型のコーティングに関する離型膜技術、ガラスの特定変化を捉えた温度や圧力の制御を中心とした精密成形技術が重要であり、これらの技術蓄積を生かして、レンズ以外にも展開。昨今では、光学以外の分野や、目に見えない非可視光学分野での利用に向けた研究開発を進めてきた。
「レンズ設計や電磁光学シミュレーション、超精密測定技術(UA3P)でも、パナソニックのガラスモールド成形技術の特徴が生かせる」という。
2019年には、業界初となるガラスモールド成形によるマイクロ化学チップを開発。今回の遠赤外レンズの量産に、ガラスモールド成形技術を対応したことは、非可視領域への展開を推進するとともに、環境貢献にもつながるとしている。
前出の橋本氏は、今回発表した技術によって、「パナソニックの遠赤外レンズは、非球面レンズ、フレーム一体型、低価格化が特徴になる」と語る。
非球面レンズの構成とすることで、解像性能の向上、レンズ枚数の削減、鏡筒サイズの縮小が可能になる。たとえば、球体レンズでは3枚だったものを2枚のレンズで高い解像性能を実現でき、44mmの鏡筒サイズを26mmまで小型化できる。「センサーとしての機能向上を図りつつ、センサーサイズの小型化、コスト低減を実現し、様々な最終製品への組み込みが容易になる」とする。
2つめのフレーム一体型では、世界初の技術として、カルコゲナイドレンズ部と、金属のフレームが一体となった成形が可能であり、リングタイプだけでなく、円盤状の平リングタイプ、鏡筒タイプなど、ニーズにあわせた成形が可能になる。
「カルコゲナイドガラスは、ほかの可視用光学ガラスに比べて、硬度が低く、欠けやすいという課題があった。鏡筒への設置時に、押さえが強かったり、外周部への衝撃があると欠けてしまうことになり、レンズの組み込みを行う顧客はレンズの設置方法に配慮する必要があった。そのため、カルコゲナイドは使いにくいと言われていた。フレーム一体型の成形によって、こうした課題を解決でき、カルコゲナイドの普及が見込まれる。新たな用途での利用も期待している」とする。
レンズ外周の保護だけでなく、鏡筒への設置精度の向上のほか、レンズとフレームの間の接着剤が不要であるため、鏡筒への接着後に発生するガス放出の心配もなくなる。また、フレームとレンズを高密着させることで、ヘリウムリーク試験でのリーク量は、1×10-9Pa・m3/sec以下という気密性を確保。鏡筒タイプでは、センサーエリアごとのガス封しや真空化によって、熱の影響を受けずに、センサー性能を維持できるという。
そして、低価格化では、量産技術の改善が貢献している。従来のモールド成形では、球状から研磨、研削などの前加工を行い、鏡面に磨き上げたものを、金型に入れて、モールド成形を行い、レンズ形状とし、さらに、後加工で外周を削ってレンズの形にしていた。
新たな加工技術では、研磨・研削レス加工、フレームインサート成形を実現。「遠赤外用の光学材料は高価であるが、前工程では研磨や研削といった機械加工がなく、フレームインサート成形によって、後加工での外周加工も不要になる。廃材レスとなること、工数が削減できること、熱衝撃を和らげる遠赤外専用の金型の開発により、生産性も向上。高い歩留まり率となり、コスト削減が可能になる」とした。