さらに、ストレスに弱いBALBマウスとうつ病患者の前帯状皮質における遺伝子の発現量を網羅的に定量解析した結果、「c-fos遺伝子」の発現量は、患者とモデルマウスに共通して発現量が低下していることが明らかにされた。そこで、ストレスレジリエンスを示すB6マウスの前帯状皮質において、c-fos発現量を低下させたノックダウンマウスを作製し、軽度ストレス負荷後の行動評価が行われた。その結果、Fosノックダウンマウスはストレス適応することができず社交性の低下が認められたという。

  • ストレスに弱いマウスのFos発現量を増やすと強いマウスになる

    前帯状皮質におけるFosタンパク質の機能抑制(ノックダウン)はストレス感受性を増大させる(出所:京大プレスリリースPDF)

これまでの結果から、前帯状皮質におけるFosタンパク質の量がストレスに強い・弱いを決定していることが真実であれば、ストレスに弱いBALBマウスをストレスに強いマウスに変身させることができる可能性がある。この検証のために、BALBマウス前帯状皮質の神経細胞を人為的に活性化させる技術を用いて、Fosタンパク質が増加された。すると同マウスは、ストレスにさらされても社交性の低下を示すことなく、ストレスに強いレジリエンスマウスとなったことが確かめられたとする。

  • ストレスに弱いマウスのFos発現量を増やすとストレスに強いマウスになる

    ストレスに弱いマウスのFos発現量を増やすとストレスに強いマウスになる(出所:京大プレスリリースPDF)

研究チームは今回の研究結果から、ストレスに強い脳と弱い脳の分子機構の一端が解明されたとする。また、Fosタンパク質の発現量を高める神経活動操作が施されたマウスは、ストレスを受けてもうつ状態にならなかったという結果は、ストレスが引き金となって発症するうつ病や不安障害に対する治療法の開発につながる可能性があるという。

しかし、ストレスは脳内のさまざまな場所の機能に影響を与えていると想定されているため、今回解析された脳の部位以外でも多くの異常が生じている可能性は十分に考えられる。また、うつ病や不安障害は単一の遺伝子のみで説明できる疾患ではなく、複数の因子が複雑に相互作用していると考えられている。そのため今後は、神経回路レベルでの解析やヒトを用いた多角的なアプローチにより、ストレスを受けた脳の全容解明ならびにうつ病の予防・診断・治療法の確立に向けた取り組みを推進していく必要があるとしている。