フルサイズミラーレス用の交換レンズは、光学性能を磨き上げて描写性能を高めた明るい大口径モデルを、カメラメーカーやレンズメーカーが競って出していた時期がありました。しかし、そのようなレンズは大きく重くて日常的な利用には向かないうえ、何より価格がきわめて高いことが敬遠され、ユーザー離れを招く要因の1つになっていました。

その反省を受け、カメラ内の補正機能を積極的に活用して小型軽量に仕上げた交換レンズをカメラメーカーやレンズメーカーがこぞってリリースする流れが加速しています。価格も抑えられており、写真ファンからの評価も上々。「描写性能こそピカイチだが、どれも大きく重い」と評されていたシグマも、新シリーズ「Iシリーズ」を投入し、小型軽量化に舵を切りつつあります。吉村カメラマンに、Iシリーズのなかから開放F2の2本をレビューしてもらいました。

  • シグマが新世代のミラーレス専用レンズとして送り出した「Iシリーズ」。小型軽量のサイズと、金属パーツを多用した質感の高い外装を特徴とする

外装や操作性など、作りのよさが随所に光る

今回紹介するのは広角レンズ「35mm F2 DG DN」と中望遠レンズ「65mm F2 DG DN」の2本で、どちらもフルサイズミラーレス専用設計の単焦点レンズだ。同社のフルサイズミラーレスカメラ「SIGMA fp」の標準レンズとしても好評な「45mm F2 DG DN」や、ひと足遅れて追加された「24mm F3.5 DG DN」を含め、新しい「Iシリーズ」としてラインナップする。それぞれ、ソニーEマウント用と、SIGMA/LEICA/PanasonicなどのLマウント用の2種類が用意している。

  • 広角レンズ「35mm F2 DG DN」をフルサイズミラーレスカメラ「SIGMA fp」に装着。このカメラは私物なので、外装に迷彩柄のカッティングシートを張り込んであるので通常の外観と違うのはご勘弁を。35mm F2 DG DNの実売価格は77,000円前後

  • こちらは中望遠レンズ「65mm F2 DG DN」。実売価格は81,000円前後

このレンズを手にしてまず感じたのは、しっかりとした上質感だ。金属外装の仕上げは、部分によって上品な艶消しとアクセントになる艶ありのコンビネーションが絶妙。ピントリングもゴム仕上げではなく、ギザギザのひとつ一つを削り出して作られた金属のローレット仕上げだ。

操作感の上質さも特筆できる。ピントリングの滑らかながらも軽すぎない動きはよく調整されているが、絞りリングのかっちりとした動きは、このクラスの製品ではまず感じられないほどに上質だ。1/3段ずつのクリックがあるタイプなのだが、一切の遊びがなく、カチカチと小気味よく回せ、回転中のトルク変動もまったくといってよいほど感じない。絞りの指標と絞りの目盛りが、どの絞り値に設定した場合でもピッタリと一直線に重なり、寸分のずれも見られないのはお見事だ。

  • 削り出しの金属で形作られた外装は質感が高いだけでなく、リングを回した際の感触もカッチリとしている

絞りリングを回転させる感触はとても精密で気持ちのよいもので、自分のような機械好き人間は手にすると必要もないのにカチカチと回して遊んでしまうほどだ。こうした不必要な操作を続けることで、部材が擦れて削れてしまうことはないかと考えたが、クリックの擦れ部分には硬質なニッケルめっきが施されており、耐久性も十分に確保してあるとのことで安心した。

今回、このレンズをfpに装着して撮影した。fpは、言わずと知れた小型のフルサイズセンサー搭載ミラーレスカメラだが、コンパクトな作りのIシリーズとよくマッチする。日常使いのスリングバッグに入れ、撮影の予定がない時も毎日持ち歩いたが、カメラ用に専用バッグを用意しなくても気軽に持ち出せる小ささは大きな魅力だと改めて感じた。

  • 付属のマグネット式メタルキャップを取り付けたところ。表面にはロゴやツマミなどの一切の装飾がなくシンプル。フードを取り付けた状態ではこのキャップの取り外しは困難だし、フィルター類を装着した場合には取り付け不可能になる。このあたりの使い勝手のよさまでもあえて捨て、シンプルさを追求しているところにメーカーとしての強い思いを感じる。それらの使い勝手がきちんと実現された従来通りの樹脂製キャップもちゃんと同梱している

  • オンラインショップで発売されている「マグネット式メタルキャップホルダーCH-11」(直販価格は2,475円)をバックパックのストラップに装着したところ。カラビナ付属なので気軽に提げることができ、撮影時にはすっと近づけるだけでメタルキャップが取り付けられ、スムーズに撮影が行える

Artラインに迫る描写性能の高さに驚く

シグマは2012年以降、すべての交換レンズを「A=Art」「C=Contemporary」「S=Sport」の3つのプロダクトラインにカテゴライズし、キャラクターを明確化している。このIシリーズは「C=Contemporary」に分類される。

シグマの交換レンズは、Artラインの“攻めた”高画質ぶりと、描写性能のためには常識を外れた大きさ/重さでも製品化する姿勢が写真ファンにとってインパクトが強かった反面、Contemporaryラインは正直、これまであまり注目されることがなかったように思う。「小さい代わりに描写性能は妥協しているんでしょ?」という認識が広まっているのではないか、と。

ところが、このIシリーズは期待以上の高画質で、この印象を払拭してくれた。画面の中心部分では、Artシリーズに匹敵するシャープさに仕上げていると感じた。明るさは欲張りすぎていないF2だが、ほとんどのズームレンズではなし得ない明るさをこのサイズで実現したところがポイント。「最高性能」とメーカーがうたっていない製品は画質的にいまひとつだと思われがちだが、Iシリーズは高画質な単焦点レンズとしてかなりレベルが高いと感じた。

35mm F2 DG DNは、なかなかの解像度を見せる描写に、どことなく懐かしさを感じさせるボケ味が特徴の1本だ。とはいっても、ボケ味を追求して球面収差をあえて残し、全体の描写が絞り開放では少し甘めだった45mm F2.8 DG DNほどには柔らかいボケではない。ボケ部分も、硬い描写が多い最近のレンズよりは柔らかいが、画面中央から同心円状のボケを感じさせる独特な描写だ。

「35mm F2 DG DN」の作例

  • 薄曇りの中、海の景色を撮影。岩のディテールの解像感が高く、リアルな質感が伝わってくる描写。画面の四隅まで最高の解像性能を発揮するタイプではないが、周辺部まで必要十分な解像を実現していて、色のにじみなどは見当たらない(SIGMA fp使用、F5.6、1/640秒、ISO100、WB:太陽光)

  • 晴天の屋外で植物を撮影。葉脈と、その間に挟まった砂粒のひとつ一つまで克明に描写。解像度の高さにも納得だが、葉の質感と立体感のリアルさにも感心させられた(SIGMA fp使用、F2.8、1/400秒、ISO100、WB:太陽光)

  • 曇りの日の砂浜を、俯瞰に近い形で撮影。画面全体に均質な感じの描写で、砂のような輝度差が少ない被写体をきっちりと描き分けている(SIGMA fp使用、F5.6、1/125秒、ISO100、WB:太陽光)

  • 雨上がりの路側の草を撮影。背景のボケ具合にこのレンズの個性が感じられた(SIGMA fp使用、F2.2、1/1000秒、ISO100、WB:太陽光)

65mm F2 DG DNはかなりシャープな描写ながら、ボケは柔らかく大きいのが特徴。かなりの逆光状態でも、フレアやゴーストなど内面反射による画質劣化が少ないのも特徴といえる。65mmというのはあまり聞き慣れない焦点距離だが、ムービーの世界では割と一般的な焦点距離として親しまれてきた。標準レンズよりも画面を整理できる焦点距離で、ちょっとしたスナップ撮影で自分が注目したものを切り取るのに使いやすいと感じた。

「65mm F2 DG DN」の作例

  • カフェテラスで仔犬を撮影。目元の毛の細かさを十分に写す解像度で、毛の柔らかさの再現もとてもリアルだ(SIGMA fp使用、F2、1/400秒、ISO400、WB:曇天)

  • 朝日が斜めに差す路面を撮影。fpにはさまざまなアスペクト(画面横縦比)モードがあるが、21:9にすると映画的な雰囲気が楽しめる。色のあまりない路面の撮影だが、キリッとした描写が映画を思わせる描写になった(SIGMA fp使用、F8、1/160秒、ISO100、WB:晴天)

  • 晴天の街角スナップ。65mmの画角というのは標準にも望遠にも分類されにくいが、ちょっと注目した時の画角に近いものを感じられ、意外と歩きながらのスナップ撮影に使いやすいと感じられた(SIGMA fp使用、F2、1/640秒、ISO100、WB:晴天)

  • 川べりで鳥を撮影。すっと構えた画角が自分の注目した範囲に近い印象で、絞りを開いたときの被写界深度の浅さが見せたいものを自然に強調してくれる(SIGMA fp使用、F2、1/4000秒、ISO100、WB:晴天)

オールドレンズのよさを取り戻し、写真を撮る気にさせる佳作レンズ

総じて、この2本のレンズに感じたのは、最近のレンズが失ってしまった“昔ながらのレンズの良さ”を取り戻している点だ。便利なズームや手ぶれ補正機構は搭載せず、手ごろな大きさと重量感にまとめ、シンプルながらも手から伝わる金属のフィーリングと加工精度の高さに由来するスムーズな操作フィーリングが心地よい。描写は、必要十分な解像度を実現しながら、どことなく懐かしさを感じさせるボケの描写が印象的だ。それでいながら、昔のレンズで問題となりやすかった逆光撮影時などのコントラストの低下やゴーストの発生は最新レンズらしくしっかりと抑え、クリアで抜けのいい描写を実現している。

カメラの主流が一眼レフからミラーレスに移っていくのに合わせて登場してきたかのようなIシリーズだが、ミラーレスでカメラがシンプルな構造になったことからレンズの立ち位置をもう一度見直し、マウント径の大きさやフランジバックの短さ、多くの機種が手ぶれ補正をカメラ内蔵式にしたことなどに合わせて自由度が高まった設計を「写真を撮るモチベーションを上げるバランス」に最適チューンしてきたと感じる。これからの交換レンズのあり方や可能性を感じさせるシリーズとして注目していきたいと感じた。