近年、性能や機能面のみならず、デザイン性への取り組みを強化し、製品訴求に力を入れる日本の家電メーカーが増えている。家庭用ルームエアコン「ノクリア」シリーズなどで知られる、空調機メーカー・富士通ゼネラルもその1社だ。

  • 富士通ゼネラルのデザインの取り組みについて語る、デザイン部・部長の三宅学氏

    富士通ゼネラルのデザインの取り組みについて語る、デザイン部・部長の三宅学氏

富士通ゼネラルは、2020年に空調機の開発体制の見直しを図った。デザイン部はプロダクトデザイン、マニュアルデザイン、ユーザビリティデザイン、そして2021年4月から新設予定の「感性に特化したデザイン開発部門」という計4部署で構成され、約40名が従事する。デザイン部門を率いる部長の三宅学氏によると、製品の開発だけでなく、取扱説明書などのマニュアル類、店頭のPOP広告、出展プロデュース、ブランディングといったプロモーション分野まで、デザイン部門が一気通貫でプロデュースしている。

NEEDSではなくWANTSを起点に

富士通ゼネラルが体制を大幅に刷新した背景には、「UXな企業を目指す」という企業ポリシーがある。UXとはUser Experienceのことだが、同社では「お客さまがポジティブな感情を生む、感性価値と体験価値」を重視した開発に力を注ぐ。

わかりやすく言い換えると、感性価値とはモノを、体験価値とはコトをデザインすること。「昨今の消費者は、特に体験価値を重視する傾向にある」と三宅氏は分析する。

富士通ゼネラルがUX開発で重視しているのは、開発の起点をユーザーの「WANTS」に据えることだ。従来は「NEEDS」を起点としてモノづくりをしていた。三宅氏は「WANTSはより具体的な要求。NEEDSは抽象的な欲求である」と説明する。

  • WANTSを起点としたUX開発の概念図

    WANTSを起点としたUX開発の概念図

三宅氏が身近な例として挙げたのが、某外資大手コーヒーチェーン。「同じコーヒーを飲む店であっても、従来型の店舗では単においしいコーヒーを飲む価値を提供していたに過ぎなかった」のに対して、「居心地のよい空間という付加価値を持ち込むことで、コーヒーを手段として用いた、トータルなUXを提供する」ことで成功した。

富士通ゼネラルでは、「家電のUXサイクルにもWANTSを起点とした開発が必要」と考えている。「他社が気付かぬWANTSを解決すること。WANTSが本質的なものであるからこそ、ヒット商品につながる」と三宅氏。さらに、開発の突破口となるWANTSを「KEY WANTS」と称し、NEEDSを機能とスペックで解決した従来の製品訴求の在り方から、これからはKEY WANTSの解決と訴求がカギとなっていく」と続ける。

こうした考え方を裏付ける事例として三宅氏が挙げたのが、大ヒットした高級トースターだった。「『焼き立ての食パンを毎朝食べたい!』という、まさに消費者のKEY WANTSを実現するために設計、機能の付加を行い、開発された製品。NEEDS=必要性からの着眼点ではなく、WANTS=欲求を満たした製品が口コミで共感が拡がり、爆発的ブームへとつながっていった」と評価する。

WANTSを起点としたUXデザインの開発サイクルを目指す富士通ゼネラルが、もう1つ重要な要素として考えているのが「共感」だ。「おもしろそう、気になるといった宣伝による認知から、かっこいい、触ってみたいといった興味によって店頭へ促す。そして使った結果、もっと使いたい、おもしろいと感動をもたらし、それを誰かに伝えたくなる気持ちを呼び起こし、SNSなどによる拡散行動へつなげていく」――という一連の流れを指している。「共感を生むことで、未来のお客さまを獲得していきたい」と三宅氏は強調した。

日本と欧州、「好まれるデザイン」は異なる

独自のデザイン戦略を推進していると自負する富士通ゼネラル。実は、製品全体の7割が海外向けだ。そのラインナップは日本向け製品と異なる。三宅氏によると、欧州市場は日本以上にデザイン性が求められるという。また、「デザイントレンドの発信源は欧州にあり、それが憧れとなり世界に広がっていく。各地域でローカライズされることもあるが、欧州らしさは失わず受け入れられる」と考えている。

そこで富士通ゼネラルが取ったデザイン戦略は、グローバル向けには世界トレンドである欧州のデザイン、日本向けには日本の嗜好に合わせつつも欧州を感じるデザインを意識して展開すること。しかし、「日本と欧州のデザイン思考には大きな差異が認められる」と三宅氏は指摘する。

「エアコンのデザインに関して、『インテリアとの調和』というニーズは世界共通だと思います。しかし、日本と欧州では『調和の定義』や『デザインの価値観』が大きく違うのではないか、と考えています。日本では『シンプルさ=優れたデザイン』とされますが、欧州ではシンプルなデザインは質素、素朴ととらえられがちです。私たち日本の企業は、日本の価値観をベースにデザインした製品を世界展開してきましたが、世界から見ると質素で素朴すぎるがゆえに『デザインされていない』と思われてしまっているのです。そこを見直していこうと考えています」

ノクリアSVは「とがりすぎず、地味過ぎない」デザイン

Harmonaizeなデザインを目指して、富士通ゼネラルが2020年に発売したのが「ノクリアSV」シリーズ。幅70センチメートル、高さ25センチメートル以内と日本の住宅環境に適したコンパクトな設計。日本で好まれるミニマルなデザインでありながら、決して簡素すぎないエッセンスを加えた、日本市場に特化した新たなモデルだ。

エッセンスとして採り入れたのが、質感。前面パネルにファブリック(布地)調の柄と質感を表現したデザインを採用。インテリアとの親和性を意識しつつ、画一的なデザインが並んだ日本のエアコン市場において、控え目ながらも少し自己主張があり、消費者から選ばれる製品となることを目指した。

  • 2020年4月発売の「ノクリアSV」シリーズ。樹脂のパネルにファブリック調の柄と質感を表現することで、主張しすぎない個性を打ち出した

    2020年4月発売の「ノクリアSV」シリーズ。樹脂のパネルにファブリック調の柄と質感を表現することで、主張しすぎない個性を打ち出した

富士通ゼネラルが大切にしたのは、他社と差別化を図りつつも、変わり過ぎていないこと。三宅氏はその理由を次のように明かす。

「デザインモデルは、一部のイノベーターやアーリーアダプター向けの、個性が際立ちすぎる製品になりがちです。それは、会社の話題づくりやイメージアップのための商品を作れば良いといった風潮があるからであると考えています。一方、空調業界ではデザイン賞を獲ったものは売れないというジンクスめいたこともあって、当社でも、営業部門からは『変わったデザインにしないでほしい』と言われることもあるのですよ(笑)」

  • 日本よりも個性が際立つデザインが好まれる、海外向けのモデルのパネルの一例。ドイツの展示会では、金属のような質感を前に、思わず手で触れてみたくなり、多くの人が関心を寄せていたそうだ

    日本よりも個性が際立つデザインが好まれる、海外向けのモデルでのパネルの一例。ドイツの展示会では、金属のような質感を前に、思わず手で触れてみたくなり、多くの人が関心を寄せていたそうだ

そこで、ノクリアSVシリーズで検討されたテーマは、「日本に特化した機種だからこそ、日本の感性に強く響くデザインにできないだろうか?」。富士通ゼネラルでは、売れるデザインモデルを目指して、まずは日本ならではの価値観からKEY WANTSを抽出した。

そこから導き出した解の1つ目が、横並び意識の強さ。他社と違い過ぎないフォルムで、簡素な親しみがわくものを考案した。2つ目は、凝縮された性能の高さ。精緻な作りにこだわって部品の分割を最少化し、左右の風向板の延長・ズレが目立たない構造へと改変した。

  • 部品の分割面を極力減らし、風向板をフラットに収めるなど、空間のノイズにならないように設計した

    部品の分割面を極力減らし、風向板をフラットに収めるなど、空間のノイズにならないように設計した

3つ目は、表面の質感。三宅氏によると、「デザインを構成する要素は『STYLING(形状)、SURFACE(表面)』。SURFACEをさらに分解すると、『Color(色)、Material(素材)、Finish(仕上げ)』が主な要素となる。この3要素(CMF)を加えることで、デザインは表情が豊かになり魅力が向上する」と考え、ソファー・クッション・ラグといった日本のインテリアの必須アイテムとなるファブリック(布)に着目した。

  • ノクリアSVシリーズでは、ファブリック調の表面仕上げを採用

    ノクリアSVシリーズでは、ファブリック調の表面仕上げを採用

「日本で好まれる生地を選び、色柄をアレンジし、表面凹凸によって脱・プラスチック質感を図りました。フォルムではなく、質感でシンボリックさを表現するのが、日本の価値観に見合う感性に響くUXデザインだと考えました」

  • 表示部にもアイコニックなインタフェースデザインを採用

    表示部にもアイコニックなインタフェースデザインを採用

2021年の新製品は、日本ならではの感性に響く質感を採用

富士通ゼネラルでは「デザイン賞の受賞はブランド価値の向上にもつながる」と考え、2017年以降、国内外のデザイン賞を次々と獲得。ノクリアSVシリーズも、2020年度「グッドデザイン賞」、世界三大デザイン賞の1つに数えられる「レッドドット デザインアワード 2020」を受賞し、販売実績も順調に伸ばしている。

  • 2021年発売の新製品「ノクリア Zシリーズ」。デザインに陶器のような質感を採り入れた

    2021年発売の新製品「ノクリア Zシリーズ」。デザインに陶器のような質感を採り入れた

2020年度は6件のデザイン賞を獲得した富士通ゼネラルだが、2025年度にはすべての製品での受賞を目指している。また、2021年4月には「ノクリア Zシリーズ」を発売する。「感性に響く上質さを目標としたUXデザインを採用したSVシリーズに対して、Zシリーズはリビングを意識した製品。日本ならではの感性に響くUXデザインとして、今度は素焼きの陶器のような質感を実現しています」と三宅氏。最後に、富士通ゼネラルにおけるデザインへの取り組み姿勢について、次のように語った。

  • ノクリアXシリーズでは2種類のオリジナルのリモコンを同梱する。置き型のリモコンは、手をかざして非接触で操作可能。一方、写真右のシンプルなリモコンは、高齢者や機械操作が苦手なユーザー向けに使用頻度の高いボタンのみで構成した

「モノ~コト~ブランディングまで、広義のデザインをデザイン部門で行っている企業は、おそらく当社以外にはないと思います。デザインは、料理に似ていると考えています。世界各国の文化や嗜好、時々のトレンドが反映されて、感性や体験価値という観点からも共通した要素があります。当社では、常に三ツ星の製品を提供していきたいと考えています」