2018年5月23日から25日かけて東京ビッグサイトで開催された「ワイヤレス・テクノロジー・パーク2018(WTP2018)」は、無線通信技術の研究開発に焦点を当てた国内最大級の専門イベントだ。詳しくはこちらをご覧いただくとして、内外のプロでにぎわう会場の片隅にJAXA(宇宙航空研究開発機構)の研究開発部門も小さなブースを出展していた。

JAXAが開発した待機電力ゼロの無線スイッチ

JAXAは以前から宇宙技術の民生利用促進に力を入れているが、とくに近年は鉄道や物流や自動車の専門展示会にもブースを出展し、大型の供試体を扱える振動試験やEMC試験など特殊な設備・装置のビジネス利用を呼びかけている。

しかしWTP2018での出展は、そのような地道なセールス活動とは趣が異なる、ガチの技術開発案件だった。目玉はマッチ箱ほどの環境センサユニットにちょこんと乗っかった、チロルチョコサイズのモジュール。本邦初公開の「無線で回路をONにするスイッチ」だという。

  • JAXA開発の無線でスイッチをONにする回路

    印象としては、JAXAロゴ入りのノベルティ用チロルチョコ

「無線スイッチ」だけなら新しくも何ともないが、どこが「初」なのかを聞いて驚いた。普段は回路が開いており、無線を受けたときだけそれが閉じる動作をするモジュールで、それを待機電力を「減らす」のではなく「ゼロにして」実現しているのだという。

そもそも電波は出すだけでなく、受けるにも電力が必要だ。身近なところでは携帯電話の待ち受け時間が有限であることがそれを物語るし、エアコンやテレビだってリモコン操作を受け付けるため待機電力を消費する。そこかしこを飛びかう電磁波の中から、特定の周波数をつかみ出し、意味のあるメッセージを読み出すには、それなりのエネルギーが必要なのだ。

しかしこのモジュールは待機電力がゼロ。「電波を受けて生じた電力だけで、つまりエネルギーハーベスティングで回路をONにするモジュールです」(JAXA研究開発部門第一研究ユニットの五十嵐泰史氏)。

  • ワイヤレスセンサを用いた回路ON/OFF技術

    JAXAによる説明パネル。パソコンをNIC(Network Interface Card)から起動するWoL(Wake-up on LAN)の伝でいけば、WoW (Wake-up on Wireless)とでも呼びたくなるようなモジュール(特許出願中)だ (提供:JAXA)

JAXAが電力消費に極限までこだわる理由

JAXAにはこのようなモジュールを必要とする切実な理由があった。

そもそも打ち上げられてしまえば基本的に修理不能な人工衛星の信頼性を上げるには、設計、部品選定、製造、検査の各工程を愚直にやり抜くしかないが、なかでも重要なのが検査。検査に次ぐ検査。検査に次ぐ検査に次ぐ検査である。

たとえば、衛星全体を真空チャンバに封じ込め、宇宙空間と同じ環境にさらす熱真空試験という試験がある。衛星内部に各部の温度を計測するための熱電対を、数百本差し込んでモニターしなければならないが、この設置やチェックに膨大な工数がかかる。従来のIoTセンサでそれを置き換えようとしても、検査に次ぐ検査で時間を費やし、待機電力で電池が消耗し、大事なときに使えないことが判明――。

その必要から生み出されたのが、待機電力を必要としない無線起動回路だったわけである。発端をもう少し遡ると、衛星構体内部のモジュールやユニット、すなわちセンサ類やCPUやDHU(Data Handling Unit:通信制御装置)を結ぶ、ワイヤハーネスをすべて無線で置き換えられないかという、かなりアグレッシブな基礎研究の一環から生まれたものという。衛星の小型軽量化と、製作工程の簡素化、ひいては信頼性向上をめざす取り組みである。

「世の中にはエネルギーハーベスティングによるセンサユニットなども存在しますが、我々のアプローチは徹底的に機能と回路をシンプルすることでした。スイッチONだけに絞ることで、汎用性が生まれるのではないか、と」(前出・五十嵐氏)

  • 必要なときのみ電波を当てることで、回路が起動

    必要なときのみ電波を当てることで、回路が起動。それ以外のときは、スリープでも、ディープスリープモードでもなく、電源OFFの状態で居られるため、電力の消費を極限まで減らせる (提供:JAXA)

デモ機では920MHz帯をトリガとして使用。免許不要の法令に沿った出力で、数mを隔てても十分に動作しており、最大で10m程度は行けるという。展示のパネルには想定用途として環境センサやインフラ監視センサネットワークが示されていたが、そもそもがシンプルなON/OFFスイッチ。「こう使ってみたい」というアイデアはさらに広がるのではないか。

「近々の展示会出展などの予定はないが、お問い合わせいただければフットワーク軽く対応させていただきたい」(同研究ユニット・富高真氏)とのことなので、興味を持たれた方は連絡してみてはどうだろうか。

遠い未来の宇宙での活用も期待

さらに遠い未来を空想してみる。たとえば数千年を経て異なる恒星系にたどり着いた宇宙船が、何らかの電波を受けて起動し、自ら信号を発し始める。そのときに最初のスイッチをONにするのがこの種のモジュールだったりはしないだろうか? もちろんスイッチだけでそんなシステムが成り立つわけではないが、そんな空想を膨らませてくれるような、夢のあるモジュールに思えるのである。

著者プロフィール

喜多充成(きた・みつなり)
週刊誌のニュースから子ども向けの科学系Webサイトまで幅広く手がける科学技術ライター。
産業技術や先端技術・宇宙開発についての知識をバックグラウンドとし、難解なテーマを面白く解きほぐして伝えることに情熱を燃やす。
また、宇宙航空研究開発機構機関誌「JAXA's」編集委員も務める(2009-2014)。

共著書に『私たちの「はやぶさ」その時管制室で、彼らは何を思い、どう動いたか』(毎日新聞社)ほか。