米Wall Street Journalの11月11日(現地時間)の報道によれば、米Appleは個人間送金サービスの提供のため銀行各社との協議を進めているという。モバイル端末やPCを使った個人間送金の仕組みは海外では主要な金融サービスの1つとなっているが、もし同社がこうした金融サービスに参入すれば、すでに存在するiPhoneのシェアとも相まって、PayPalをはじめとする既存のサービス事業者ひしめく市場に一定シェアを獲得する可能性がある。

WSJではAppleとの交渉相手としてJ.P. Morgan ChaseやCapital One、Wells Fargo、U.S. Bancorpなどの名前を挙げ、多数の金融会社が交渉テーブルに乗っていることを示唆しているが、一方で交渉自体が流れる可能性も指摘しており、サービス開始のタイミングも含めて未知数のことが多い。また、もしサービスが提供される場合は現在PayPal傘下のVenmoのようなサービス形態になるとも指摘しており、若者を中心に急成長中のベンチャー企業のサービスを参考にAppleが送金機能を同社プラットフォームに実装してくることになるかもしれない。

2014年にApple Payの提供を開始し、今年2015年には最新のiOS 9でロイヤリティカードなどクレジット/デビットカード以外のカード情報を包含して総合的な"ウォレット"サービスへと進化させたAppleだが、おそらく次の目標はApple Payの対応パートナー拡大とともに、金融サービスそのものの拡充に向かうと考えられる。「P2P決済」や「P2P送金」と呼ばれる個人間送金の仕組みはインターネットを使った金融サービスでも最も基本的なもので、例えばPayPalが2000年代初期に急成長を実現したのはeBayのオークション利用における個人間送金サービスにあったといわれる。

欧米では少額のやり取りのほか、親が子供に一定金額を渡す仕組みなどに活用されているとされるが、新興国ではそもそも銀行口座を持っていない国民が多く、携帯電話の普及が先行したことでモバイル端末を使った個人間送金の仕組みが発達している。こうした新興国ではモバイル端末のSMS機能などを使って一定金額を相手に送ることが可能で、出稼ぎでの家族への送金や各種料金の支払いで活用が進んでいる。最近でこそLine Payなどが登場しているものの、日本ではマネーロンダリング関連の規制もあり、長らくインターネットを活用した手軽な個人間送金サービスは提供されてこなかった。本来、モバイル端末を使った個人向け金融サービスといえば、おサイフケータイのような仕組みよりもむしろ、この個人間送金が主流と考えられるくらい、世界においては重要なサービスだといえる

このように個人間送金の仕組みが過去15~20年ほどで大きく発達してきたものの、米国ではいまだに小切手や現金を使った個人間送金の比率が高い。銀行の提供するオンラインバンキングやアプリを活用する例もあるが、まだ既存の伝統的なサービスを置き換えるには至っていない。個人間送金の代表的なサービスとしては前述PayPalやVenmoのほか、Squareのような決済プラットフォーム、Apple PayのライバルにあたるGoogle Wallet、SNSのFacebookなどが挙げられる。ただ、伝統的にシェアを伸ばしてきたPayPalやシェアを急拡大させているVenmoに比べれば、大きく市場を拡大するには至っていない。Appleの個人間送金サービスに期待されるのは、こうした市場のさらなる開拓だ。

個人間送金は大きな金額のやり取りだけでなく、少額での現金を使わないやりとりに活用できる。例えば米国ではチップの支払いや割り勘、青空市での買い物など、モバイル端末同士のやり取りだけで実際に現金を持たずとも金銭を融通できる。ある意味で、クレジットカードなどをつかって買い物をするよりも細かいやり取りが多く発生するため、使い勝手しだいでは利用頻度はApple Payよりも多くなるかもしれない。