実験ノートは見る機会がなかった

2つ目の「どうして過誤を見抜けなかったのか」、という点については、「こうした問題は決してあってはならないこと」と述べ、「共著者である自分が論文の不正を見抜けなかったことは慙愧の念に堪えない」と後悔の念をにじませながら、「論文を書きあげる段階からの参加であり、その時点ですでに多くのデータが図表になっていた。今回、不正と認定されたデータも2012年度よりも以前のもので、生データや実験ノートを見る機会がなかった。小保方氏はユニットリーダーという独立した研究者であり、直属の部下ではなかったため、(自分の研究室に在籍しているような)大学院生に指導するようなノートを持ってきて見せなさい、という不躾なことができなかったことが問題であった」と、原因を分析。

また、「(できあがった)図表は、ほかのデータと整合性があり、それだけを見ても間違いを見抜くことはできなかった」とし、複数のシニア研究者が共著者として参加した特殊な共同研究のケースであり、文章の仕上げを行った笹井氏と、そこまでの過程の指導をしてきたのが若山氏という別々の人物であったこと、そしてバカンティ教授も米国に居た、といった事情が2重3重のチェック機能を働かせなかった要因の1つという分析を示した。

ちなみに、「論文投稿時に、過去にさかのぼって生データをチェックすれば、という話もあるが、それは現実的ではない。それでも、若山氏と協力して小保方氏に対して注意喚起をしなかったことや、文章全体を俯瞰する立場にあった自身の立場を考えるとその責任は重く、申し訳ないと思っている」と反省の弁を述べた。

論文の撤回は適切な判断

3つ目の「経験の浅い人物を研究リーダーに選んだこと」については、2012年12月中旬に実施された選考審査の中においては、他の研究リーダーと同様に、CDBの人事委員会にて研究内容や研究の進捗などを聞いて、それに対する議論を行い、かつこれまでの小保方氏の指導者やそれに準じる人たちからの評価を加味し採用を決定したとのことで、この流れ自体は、通常の人材採用の流れと同じであり、そこに偏りがあったとは言えない。

また、研究リーダーの選考にあたっては、大胆な独創体を若手から提案することを奨励しており、「30歳前後でリーダーになることは珍しくない」とし、そのフォローアップのためのシステムも整備していることを強調。小保方氏については、「採用時、生物系の研究者としての歴史も浅かったことから、もっとも小さなサイズのラボである研究ユニットを主催してもらうことを決定し、その後、論文の発表を経て、シニア研究者が分担して、多面的な教育育成を行う計画を立てていた」と事情を明かした。

4つ目の「論文の撤回に同意するのか」という点については、「論文の信頼性が複数の過誤や不備により損なわれた以上、STAP細胞の真偽には理研内外の再現検証が必要になってくる。そういう考えをもとにすれば、撤回をすることが適切な判断であると考えられる」とし、小保方氏が会見で述べた、「(論文の撤回は)国際的に、その結論が完全に間違えであったと示すことになると考えている。著者として間違いであると発表することになるので、結論が正しい以上、撤回は正しい行為ではないと思っている」との発言に対しては、「そういった考え方があることも理解できる」と一定の理解を見せたが、「一度、検証することを決めた以上、議論的にSTAP現象は検証すべき仮説となったと考える必要がある」とし、改めて仮説を実証した上で、論文を提出すべきであるとの姿勢を崩さなかった。

5つ目の、「会見時の資料におけるSTAP細胞とiPS細胞の比較における不必要な比較の有無」については、「発表時の資料は、あくまで基礎的なマウスの研究段階としてリリースしたものであり、当初の目的は原理論の解説」とし、「そこから技術効率論の話題として独り歩きをし始めてしまい、京都大学の山中伸弥教授や京都大学iPS細胞研究所(CiRA)の皆様にはご迷惑をおかけしてしまった。自ら京大にお詫びに赴き、資料の撤回を行うことを決めた」と経緯を説明した。笹井氏としては、イラストによる原理的な説明を意図していたが、資料にはiPS細胞の誘導効率として、開発当初の数値(山中因子のみを使用)を用いていたために、STAP細胞のほうが効率が良いという話に発展してしまったという見解であり、「現在のiPS細胞の誘導効率が向上していることも十分認識しており、STAP細胞の優位性を強調する意思はなかった」という説明のほか、「CDBでは積極的な関係をCiRAと築いてきており、今後もその関係を維持していきたいと思っている」と再生医学を進めるうえでの共同歩調をとっていく姿勢をしめした。