インフラツーリズムとは、公共施設である巨大構造物のダイナミックな景観を楽しんだり、通常では入れない建物の内部や工場、工事風景などを見学したりして、非日常を味わう小さな旅の一種である。
いつもの散歩からちょっと足を伸ばすだけで、誰もが楽しめるインフラツーリズムを実地体験し、その素晴らしさの共有を目的とする本コラム。今回は泣く子も黙る国内最大の港、東京港を視察するクルーズに参加してみた。
誰でも無料で乗れるピカピカのクルーザー
東京みなと丸。
新手の回転寿司チェーンではない。
東京みなと丸とは、国内最大の貨物を取り扱う東京港の役割や機能を、一般市民に広く知らせるため、東京都港湾局が運航する視察船のことだ。事前にネットで申し込みさえすれば誰でも無料で乗れて、東京港をぐるりと一周、スタッフさんのていねいな解説付きで見学することができる。
主催する東京都の主な目的は「東京港の広報・理解促進」。観光ではなく、学習ツアーという位置づけの真面目な取り組みなのである。
東京都では以前から、こうした一般向けの視察船ツアーを実施していて、2020年までは“新東京丸”という船がその役割を担っていた。現在は、この“東京みなと丸”がバトンを引き継いでいる。
というわけで、2025年3月某日のよく晴れた木曜日の午前中、竹芝ふ頭の小型船着場に係留されている東京みなと丸に乗り込んだ。
2020年度に建造された東京みなと丸は、全長35メートル、総トン数約215トンの真っ白に輝く美しいクルーザー。
船体には、都民にはおなじみのイチョウの葉をモチーフにした東京都のシンボルマークと、船名がペイントされている。中に足を踏み入れると、ピカピカの会議室のような空間が広がっていた。
【動画】東京みなと丸に乗船
卓上には招き猫やけん玉、ダルマといった和の手工芸品が並べられ、壁には組子文様が描かれていたりして、近代的な内装の中にも江戸情緒が漂う、粋な空間だった。
使わなかったけれど、バリアフリートイレも完備されているらしい。品よくまとめられてはいるが、隠しきれないゴージャス感があふれていて、「やっぱり東京都ってお金持ちだなー」としみじみ感じた。
東京港で最も古い「日の出ふ頭」
定刻となり、「竹芝ふ頭」を出航!
竹芝ふ頭は伊豆・小笠原諸島に向かう船が多く利用するふ頭で、島民に安定的な交通手段と生活物資を提供する重要拠点だ。出航するとすぐ右手に、東京港で最も古いふ頭である「日の出ふ頭」が見えてくる。
大正時代までの東京は、江戸以来の水運網が発達していたため、大きな船を沖合に停泊させ、艀(はしけ)で荷の積み下ろしを行っていた。だが関東大震災をきっかけに、陸上交通網の重要性が認識され、ふ頭の建設が本格化したという。
この「日の出ふ頭」は、東京港初の近代的ふ頭として1925年(大正14年)に完成。ふ頭には今も、そんな歴史を感じさせる、クラシカルな三角屋根の貨物上屋(かもつうわや)が立ち並んでいる。
対岸の「晴海ふ頭」には、日本屈指の帆船「海王丸」が寄港中。その背後には、東京オリンピックの選手村として建設された、大規模なマンション群が広がっており、古今が交錯する不思議な光景を織りなしていた。
続いて右手に見えてきたのは「芝浦ふ頭」。国内貨物の雑貨ふ頭で、主な取扱貨物はセメントと紙類とのこと。
ここで一気に視界が開け、レインボーブリッジの巨大な橋脚が目前に迫る。橋の下を船がくぐる瞬間は圧巻で、普段、車やゆりかもめで渡るのとはまた違う迫力を感じた。
【動画】東京みなと丸がレインボーブリッジをくぐる
1993年に開通したレインボーブリッジは東京港を象徴する橋のひとつだが、最近では世界の船舶の大型化により、高さが足りずくぐれない船も出てきているという。この巨大な橋に引っかかっちゃう船があるなんて、まったく驚きだ。
コンテナを船から下ろす巨大なクレーン
素人の僕に細かいことはわからないが、この東京みなと丸というやつは、相当に性能の良い船なのだろう。天気のいい湾内という好条件だったこともあって、揺れはほとんど感じず、エンジン音もたいへん静か。船は穏やかに、するすると海を進んでいった。
さて、次に見えてきたのは「品川ふ頭」。
このふ頭の北側は、北海道と東京を結ぶRORO船(車両や貨物を荷台ごと積み降ろしできるロールオン・ロールオフ船)が接岸し、主に新聞巻き取り紙や自動車などを取り扱っている。この日は、苫小牧行きの「神珠丸」が寄港していた。
「品川ふ頭」南側は日本初のコンテナふ頭で、中国・韓国・東南アジア航路の近海航路に対応。ふ頭の一角には、JERA品川火力発電所もある。
さらに進んで「大井コンテナふ頭」へ。
ここは大型コンテナ船が7隻同時に着岸できる、日本屈指のビッグなコンテナふ頭だ。首都圏における国際物流の中心地として、世界の主要港と定期航路で結ばれており、専用ターミナルを整備。立ち並ぶ巨大なガントリークレーンが、日々、世界からやってくる大量の貨物を処理している。
整然と積み上げられたコンテナ群は、まるで巨大な積み木だ。クレーンのアームがゆっくりと動き、正確に荷物を運ぶ様子には、不思議な美しさがある。
【動画】コンテナを引き上げるガントリークレーン
この日は、中国籍のコンテナ船が荷役中だった。
【動画】大量のコンテナを積んできた中国船
「ONE」とペイントされたコンテナは、川崎汽船、商船三井、日本郵船の三大手が統合したOcean Network Expressのもの。「WAN HAI」は台湾のコンテナ会社だ。これらのコンテナで、最も多く運ばれているのは衣料品だという。
【動画】大量のコンテナと巨大クレーンに圧倒される
数々のプロジェクトが進行中の東京港“未来エリア”
やがて、城南島海浜公園と、その先に羽田空港が見えてきた。
ここで東京みなと丸はUターン。
右手に現れたのは「中央防波堤外側コンテナふ頭」である。コンテナ船の大型化や貨物量の増加に対応すべく整備された、東京港で最も新しいふ頭のひとつだ。横移動型の最新鋭クレーンや冷蔵倉庫が立ち並ぶが、現在も一部は供用調整中なのだそうだ。東京港の未来を担う重要拠点である。
その先には「海の森」が広がる。ここはゴミや建設発生土で埋め立てられた場所で、苗木を植え、美しい森へと再生させるプロジェクトが進行中。東京の港で、こんな未来志向の森づくりが進行中ということに、静かな感動を覚えた。
【動画】造営中の「海の森」
やがて右手に、東京港のもうひとつの象徴、東京ゲートブリッジが見えてくる。
2012年に開通したこの少し変わった形の橋は、羽田空港の近さゆえ橋脚の高さに制限があり、あのような特殊なシルエットになったのだという。
【動画】東京ゲートブリッジを海から見ると……
生まれ育った東京を海側から眺める意義
船が再びUターンすると、「フェリーふ頭」が右手に見えてくる。ここは四国や九州へ向かう大型フェリーの拠点。自動車をはじめとした多様な貨物を取り扱っている。
その奥の「10号地ふ頭」は鉄鋼や紙・パルプ、自動車などを取り扱い、定期運行のRORO船によって西日本と首都圏が結ばれている。
鉄鋼、木材、各種機械などを扱う「お台場ライナーふ頭」を右に眺めながら、船は「青海コンテナふ頭」エリアに回り込む。背の高いキリンのような形のガントリークレーンが12機、整然と立ち並ぶこの辺りにも、大量のコンテナが積み上げられていた。
そして「東京国際クルーズターミナル」へ。2020年9月に開業したこのふ頭は、世界最大級の豪華客船にも対応可能な、東京の新しい海の玄関口。クルーズ客船の誘致を通じ、臨海地域のにぎわいを創出している。
そして船は臨海副都心エリアへと進んでいく。数々のショッピングモールやフジテレビの社屋も望め、東京港の華やかな一面が垣間見えた。
そして豊洲市場や海王丸が停泊している晴海ふ頭を眺めながら、東京みなと丸はスタート地点の竹芝ふ頭に戻ってきた。
【動画】往路でも見た「海王丸」のすぐ横を通る
視察船「東京みなと丸」は、自分が生まれ育った東京を別の角度から眺めさせてくれる、不思議な船だった。約1時間のクルージングは、東京港の多彩な表情を見せてくれた。
港は都市の今と昔、そして未来が同居するダイナミックな舞台なのだと実感させてくれた「東京みなと丸」。東京港は今日も、そしてきっと明日も、変わり続ける。だからまたいつかもう一度この船に乗って、その時の“東京の今”を感じてみよう。