IT企業出身の社長、発想の源泉は「ないものは自分でつくる」
ウイスキー業界に革新をもたらした稲垣氏だが、実はもともと、ウイスキーに詳しかったわけではなく、また酒造りに携わっていたわけでもない。
ウイスキーとの出会いは大学生のころだという。だが当時は、ウイスキーを好きで飲んでいたというよりも、大学の釣部で渓流釣りを行う際、アルコール度数が高く荷物の量を減らせるお酒として選んでいた。飲んでいたのも若鶴酒造のウイスキーではなかった。
大学卒業後は、日本HPに就職。セールススペシャリストとして、重要なシステムのサポート契約を担当していた。しかし、自らの力で形ある"モノ"を生み出したいという思いが大きくなり、2015年にUターン。若鶴酒造で新たな歩みを始める。
「私自身、子供のころから電子工作もやれば革細工も裁縫もやるといったように、ないものは自分でつくってきました。曾祖父もウイスキー造りの一方で、北陸コカ・コーラボトリングを設立しています。IT業界での経験は、のちのクラウドファンディングや企画などで役に立っていると思います」(稲垣氏)
こういった経験が、体験を重視して三郎丸蒸留所を見学できる施設にしたり、大きなヒットとなったハイボール缶「三郎丸蒸留所のスモーキーハイボール」を発売したりといった部分に活かされているのだろう。
「従来のハイボール缶は、加糖されていたりレモン果汁が入っていたりで、居酒屋の延長でした。それが悪いわけではないのですが、やっぱりスモーキーで余計なものが入っていないウイスキーとソーダのみで造った本格ハイボール缶が欲しかったんです。それが同じ思いの人に響いたのか、三郎丸蒸留所のスモーキーハイボールは400万本を超えるヒットになりました」(稲垣氏)
このヒットを受けて、各メーカーから本格ハイボール缶が次々と発売されるようになった。稲垣氏は、「クラフトという業態は、いかに早くニッチを取れるかが勝負。真似されて一流だと思っています」と持論を述べる。
三郎丸蒸留所が造るウイスキーの魅力
三郎丸蒸留所の代表作といえば、なんといってもシングルモルト「三郎丸」だ。「三郎丸 1960」を皮切りに、「三郎丸 0 THE FOOL」から「三郎丸 Ⅴ THE HIEROPHANT」までが出荷されている。コンセプトを体現するヘビリーピーテッドで力強い味わいが特徴だ。
すでにお気づきかもしれないが、三郎丸にはタロットカードの名称がつけられている。これは「0 THE FOOL(愚者)」から始まり、若く向こう見ずな魂(スピリッツ)がさまざまな経験を重ねて成長していくという「若き魂の旅」に由来したもの。これを三郎丸のウイスキーの熟成と重ね、三郎丸の熟成と成長を見守ってほしいという思いがあるという。
稲垣氏に、シングルモルト「三郎丸」以外で思い入れのある製品を伺うと、ゲームメーカーとのコラボを挙げてくれた。
「僕はアトラスさんが発売している『ペルソナ』っていうゲームが大好きだったんです。それこそ、真・女神転生からのファンで。三郎丸のモチーフをタロットカードにしたことにも、影響は実はありまして……なんとか一緒にコラボレーションをできればと東京ゲームショウに突撃したところ、偶然会場にいたアークシステムワークスの関係の方が繋いでくれて念願がかない実現することができました」
同社はペルソナシリーズの格闘ゲームも製作しており、後日ギルティギアとのコラボも実現している。
ちなみに本年2月25日には、コーエーテクモゲームスの「三國志8 REMAKE」とのコラボウイスキーも発表された。稲垣氏は、三國志シリーズ全てをプレイしており、中でも「三國志V」がお気に入りだそうだ。
終始笑顔でゲームとのコラボにかける思いを話してくれた稲垣氏だが、当然狙いもある。同世代のゲームファンは新しいものを探し出すのが好きで、かつこだわりが強い。そんな彼らが三郎丸蒸留所の価値に気づき、認知度を向上させてくれることに期待を寄せる。
ここまで三郎丸蒸留所の歩みを振り返ってきたが、一方でジャパニーズウイスキーブームは落ち着きを取り戻しつつある。後編では、三郎丸蒸留所の新しい取り組みと、ジャパニーズウイスキーの今後について伺ってみたい。