必ず自分の目と手で、実物に触れて選ぶ
アンティーク時計を初めて手に入れたいと考えている方々に、東京・銀座にあるアンティーク時計の名店「シェルマン銀座本店」で店長を務める藤原亮介(ふじわら・りょうすけ)さんのアドバイスを交えて、間違いのない購入法をお伝えしよう。
前編でもお伝えしたが「ネットで調べただけで実物を見ずに触れずにいきなり購入する」のは、初心者には絶対におすすめしない。「これは手に入れたい、ほしい」と思うアンティーク時計が見つかったら、必ずそのお店に足を運んで、自分の目と手でしっかり、じっくりと眺めて、腕に乗せてその感触を確かめて考える。このプロセスはぜひ守りたいもの。
今の、ありのままの姿を愛でる
では、アンティーク時計を見て、選ぶときに心がけたいことは何だろうか?
「アンティーク時計は『今の、ありのままの姿』を愛でるものなのです。だから私たちシェルマンはとにかく『オリジナリティーにこだわったアンティーク時計』を販売しています。なぜなら作られた当時そのままのディテールを、また長い年月を経る中で生まれたディテールを愛でていただきたいからです」と藤原さんは語る。
藤原さんによれば、時代の変化を踏まえてこの20年あまりの間に、アンティーク時計に対する価値観は劇的に変わったという。
「2000年以降、アンティーク時計に対する価値観も大きく変化してきました。昔はとにかく新品同様、発売された当時そのままのモノが高く評価されていました。でも今では、経年変化で文字盤やインデックスの色がオリジナルと比べて退色したもののように、年月を経たものが持つ味わいに価値が認められるようになりました。つまり、ヴィンテージ感が重視されるようになっています」(藤原さん)
そのおもな理由はふたつ。ひとつは、昔のようにミントコンディション、つまり『作られた当時そのままの、未使用のような完璧な状態』の時計が、もはや市場に出て来なくなったこと。そしてもうひとつは、サスティナブル(持続可能性)が大事という考え方が普及して、「長く使い続けられてきたもの、長く使い続けられるものに価値がある」という考え方が世界的に浸透したことだと藤原さんは語る。
アンティーク時計初心者におすすめの時計とは?
1971年創業のシェルマンは、かつてはすばらしい品質の「パテック フィリップ」を筆頭に、時計界を代表する名門・頂点ブランドの貴重なアンティーク時計を取りそろえていることで世界的に知られていた。それだけに値段も高額なものが多かったのだが、こうしたアンティーク市場の変化に対応して、シェルマンが取り扱う時計もより多彩になっている。
店頭にはかつてと同様に100万円を超える名門・頂点ブランドの貴重なアンティーク時計はもちろん、50万円以下の中堅ブランドでもさまざまなタイプのアンティーク時計が並んでいる。とはいえ、どれもコンディションは良いものばかり。
「アンティーク時計初心者の方にまずおすすめしたいのは、当時から品質がすばらしく、現代でもパーツが数多く出回っている『オメガ』や『IWC』のアンティーク時計ですね。たとえ故障して修理やオーバーホールが必要になっても、比較的お手ごろな値段で行えるから安心です」(藤原さん)
価値は「他人ではなく、自分が決める!」もの
人は高価なものを購入するときほど「損はしたくない」と思うもの。アンティーク時計も決して安いモノではない。「できるだけ、他人からすばらしいと褒めてもらえる、客観的に価値のあるものを手に入れたい」という気持ちになる。
だから、どうしても名門ブランドの名作が気になってしまう。そして無理をして購入する。購入後も「今、この時計の価値はどのくらいだろう?」と気になって、アンティーク時計を売買するネット上のプラットフォームを頻繁に訪れて、今の市場価値をチェックすることがやめられない。そんな人は珍しくない。
でもそれは「古き良きモノを楽しむ」「そのすばらしさを愛でる」ことになるだろうか。せっかく手に入れたすばらしいアンティーク時計なのに、市場価格を気にしているのは余りにもったいない。残念なことだと思う。
「アンティーク時計の価値は最終的には『自分で決めるもの』。購入をお考えなら、現行品も含めていろいろな時計の実物を数多く見ることをおすすめします。そうすることで『本当に自分がほしい時計』がわかりますから。その上で他人の評価ではなく、自分が心から惚れ込める『一生付き合いたい、連れ添いたい』と思う、世界でたった1本の“『自分だけの価値あるアンティーク時計』を見つけて、それを一生大切にされてはどうでしょうか」(藤原さん)
もちろん、投資目的でアンティーク時計を購入するのは自由。筆者は時計ジャーナリストという職業柄、時計やアンティーク時計の購入について相談されることがある。時計に限らず、初心者でも簡単に儲かる投資などない。
名門時計ブランドの超高額なユニークピース(一品生産モデル)や限定生産モデルは、確かに将来、中古市場で高い値が付くかもしれない。だが名門時計ブランドは、投資・転売目的の購入を歓迎しない。なんとかそうした人々を排除しようとしている。なぜならそうした人々は本当のファンではなく、ブランドの名声を利用して儲けようと考える、ブランドの価値を下げる人々でしかないからだ。だからそうした時計は購入実績があり、本当に時計を愛している、転売目的での購入などしないコレクターでなければ売ってもらえない。
あなたがアンティーク時計を「本当に楽しみたい」なら、購入するときに金額的に無理はしないほうがいいし、市場価値もあまり気にしないほうがいい。そして選ぶときは、他人の意見ではなく「自分のセンスや直感」を何よりも大事にしてほしい。それがアンティーク時計を楽しむための、いちばんのコツだと思う。
取材・文・写真/渋谷ヤスヒト