AI元年と呼ばれるいま、さまざまな企業が多様なAIを用いたソリューションの開発を行っている。生成AIはもちろん、エッジにおける領域やIoTへの組込みなど、AI技術の進化は加速する一方だ。本稿では、インテルが提供する、AI技術における加速の一端を担うインテル製CPUやインテル® OpenVINO™ ツールキットの活用事例を紹介したい。

工場やオフィスで高まる「顔認証」ニーズから生まれた「EdgeFACE」とは

半導体設計ツールや半導体テストシステム、産業用エッジPCなどの製造・販売を手がけるイノテックが、エッジ環境向け顔認証ソリューション「EdgeFACE(エッジフェイス)」を新たに開発し、2024年4月から提供を開始した。同製品は国産ハードウェアと国産AI/ソフトウェアを一体化することで、クラウド環境に接続しないエッジ環境において、高精度でスピーディーな顔認証を実現しており、オフィスへの入退室管理や工場内の各種装置へのログイン管理、顔認証と連動した受付端末でのスマートログインなどに活用できる。

イノテック インテリジェントシステムソリューション本部 清水琢磨氏はエッジ環境における顔認証ニーズの高まりについて、こう話す。

  • イノテック インテリジェントシステムソリューション本部 清水琢磨氏

    イノテック インテリジェントシステムソリューション本部 清水琢磨氏

「コロナ禍以前より拡大していた市場ではありますが、コロナ禍を経てさらに拡大している状況です。これまでは顔認証に対する抵抗感があるという声も多かったのですが、スマートフォンの顔認証ログインや、街中の検温機における顔認証の普及などによって、心理的なハードルがかなり下がってきていると感じます。

また、公衆衛生や利便性、コストの観点から、顔認証のメリットが評価されはじめています。顔認証は、ICカードなどのデバイスを使った認証と違って、カードを忘れたり、他の人に使われたりすることがありません。また、工場などではICカードホルダーが機器に巻き込まれて事故につながることもあるのですが、そうしたリスクを防ぐことができます。

さらに、静脈認証と比べても利便性が高く、低い初期コストで導入が可能です。例えば、静脈認証は寒さなどの環境変化で血管が認識されにくくなり、ストーブで手を暖めるといった工夫をしている現場もありますが、近年の顔認証はAIを活用して環境に左右されず高い精度で判別ができます。そういった背景もあり、多くのお客様から『オフィスの入退管理や工場装置のログインなどに顔認証を導入できないか』という声をいただくようになり、それに応え開発されたのがEdgeFACEです」(清水氏)

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しかし新しい領域での開発だったため、さまざまな課題に直面したと清水氏は当時を振り返る。その課題を解決する大きな鍵となったのが、インテル® 第13世代Core™ プロセッサー・ファミリー(以下、Raptor Lake)と、インテル製CPUのAI処理を最適化する無償ツールキット、インテル® OpenVINO™ ツールキット(以下、OpenVINO)だった。

顔認証の課題は「初期コスト」「スモールスタートのしにくさ」「長期安定稼働への対応」

EdgeFACEの開発で目指したのは、顧客が顔認証を導入する際のハードルをできる限り下げることだったそうだ。大前提として工場などの製造現場では外部ネットワークと接続できないことが多いため、エッジ環境で顔認証する必要がある。

そのなかで顔認証の導入ハードルには大きく分けて、2つあったという。1つめは、初期コストがかかり、スモールスタートが難しいことだ。

「顔認証は、工場DXやオフィスDXの一環で導入されるケースが増えています。手ぶらで施設に入館したり、手がふさがった状態でも機器にログインしたりできるので、作業効率の向上や働き方の改革につながります。ただ、カメラやサーバー、認証システムなどの設置や構築には多額の初期費用が掛かり、DX推進のためのITインフラとしては予算や時間が足らない為、導入したくてもできない状況が多く見られました」(清水氏)

2つめは、長期安定稼働を前提としたハードウェアを用意するのが難しいことだ。

「特に工場などの製造現場では、一度機器を導入したら10年を超えて稼働させるケースも少なくありません。一般的なPCやサーバー、スマートフォンを組み合わせて簡易的な顔認証システムを作ることはできますが、寿命を考慮すると、長期安定稼働を前提とした際に不安が残ります。さらにハードウェアの製造中止の頻度が高いと、後継品へ搭載するソフトウェアを度々作り直し、評価する必要があるため、とても実運用できるものではありません。長期安定稼働と長期供給を備えたハード・ソフトをどう用意すればよいのか、困られているお客様が多くいらっしゃいました」(清水氏)

こうした課題に対してイノテックが取り組んだのが、自社製の産業用エッジPCと、クラウド顔認証AI技術をパッケージングするというアプローチだ。

「弊社では取り扱い製品・サービスとしてクラウド顔認証をラインナップしています。このクラウド顔認証を提案している際に、お客様からコストやスモールスタート、長期稼働などの課題を伺いました。そこで社内の検討を重ね、弊社が展開している産業用エッジPC『INNINGS』と組み合わせるというアプローチを思いつきました。既存の課題はもちろん、新しいニーズにも対応できる製品として開発をスタートさせたのがEdgeFACEです」(清水氏)

ハードウェアとしてはRaptor Lake搭載の産業用エッジPC「EMBOX TypeRE1283」を選定し、ここにクラウド顔認証AIを組み込むことを目指したそうだ。

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Raptor LakeとOpenVINOを活用することで、GPUを不要としたエッジAIを実現

EMBOX TypeRE1283は、自社設計・国内製造のもと長期間の安定供給を実現した小型産業用エッジPCだ。ファンレス設計で高性能なことが特徴となり、Raptor Lakeを搭載したことで、旧型のSky Lakeプロセッサーと比較して約2.5倍のCPU性能を有しているという。

「性能の高いCPUを用いることで、エッジ環境でも精度が高い顔認証ができると考えました。通常、実運用レベルで使える顔認証AIはクラウドのサーバーリソースを利用して、精度の高さを実現します。ただ、特に工場などの製造現場は、インターネットなどの外部ネットワークに接続できないことや、クラウドへのアクセスそのものを許していないことがほとんどです。そのため、エッジ環境でクラウド顔認証AIと同等の精度をどうすれば実現できるかが、大きなポイントでした」(清水氏)

エッジ環境でもグラフィックボードを搭載することで推論処理をGPU側に任せて精度を高めることは可能である。しかし、その場合、グラフィックボードを追加するための初期費用負担が大きく増えてしまう。また、一般的にグラフィックボードはコンシューマーを意識した製品であるため、製品サイクルが早く、GPUのバージョンや互換性検証、供給する製品の確保などの観点から、長期稼働を考えると相性が良くない。結果、初期コストやスモールスタート、長期稼働、長期供給、小型サイズという課題を解決できなかったのだ。

「そこで検討したのが、GPUを使わずにRaptor LakeのCPUでAI処理を行なう方法です。Raptor LakeとOpenVINOを組み合わせて活用することで、CPUによるAI処理の最適化を行いました。具体的には、クラウド顔認証AIをエッジ顔認証向けに最適化させ、通常であればグラフィックボードも含めたハードウェアスペックが必要なところを、CPUとCPU内臓GPUだけで快適に動作できるようにしました。グラフィックボードを用いないことで、長期安定稼働、長期供給性、サイズ、市場普及価格というさまざまな面でエンドユーザー様にメリットを提供できるようになったのです」(清水氏)

OpenVINOで認証精度と認証速度を両立させ、製造業DXやオフィスDXの加速をサポート

エッジAIの処理で大きなチャレンジとなったのは、必要最低限のスペックで認証精度と認証速度を両立させることだった。

「ハードウェアスペックが不足した状態で認証精度を上げようとすると認証速度が落ちます。一方で、認証速度を上げようとすると、認証精度を落とす必要があります。グラフィックボードを使えば両立は簡単なのですが、長期安定稼働、長期供給性、サイズ、市場普及価格に懸念が残ります。そうしたなかで大きく活躍したのがOpenVINOでした。OpenVINOを使ってAI処理を最適化させたことで、認証精度を維持しつつ、認証時間を約半分に短縮することができたのです」(清水氏)

工場などの現場では認証精度と認証速度は生産効率にクリティカルな影響を与える。顔認証を工場の各種装置へのログインに適用した場合、数秒の遅れによって生産効率が落ちることにつながりかねない。また、施設への入退管理でも処理の遅れによって待ち行列が発生する可能性もある。しかし、OpenVINOを使って認証時間を半減させたことで、現場の効率性向上に大きく貢献できるようになった。

「そのほかにも、お客様のニーズにあった製品を提供するという観点から、MOQ(最低発注数量)を1台からとし、SDKを無償提供することで、まずは使ってみるというスモールスタートのハードルを最小限に下げています。AI処理 最適化済みのハード・ソフトのセットで提供するため、すぐに開発が始められ、PoCを行って良いものと判断いただければ、そのまま本稼働/量産に移行することもできます。接続するカメラは既存のものを利用でき、 カメラ接続数に制限もありません。 また、登録人数が増えても価格が変動しないのも特長です(登録人数の上限は10万人)。長期供給性があるため、増設したいときも手軽に同じセットを提供可能です。スモールスタート、素早く量産がコンセプトです」(清水氏)

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顔認証システムは、小売店舗や物流倉庫といったリテール向けでの導入は増えているが、工場やオフィス向けに低コストで手軽に導入し、本格展開していけるようなソリューションは、市場でほとんど見られなかった。イノテックが、自社の強みである産業用エッジPCとクラウド顔認証AIの強みを組み合わせて提供するソリューションは、まずは顔認証を手軽に試してみたいという企業にとって、大きな助けとなるものだ。また、工場やオフィスへの普及が進むなかで、製造業DXやオフィスDXを加速させる契機にもなる。今後の展開に要注目だ。

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