2011年、すでに数多くのメッセージングサービスがひしめく中、Snapchatはミレニアル世代やZ世代の支持を集めて急成長を遂げました。コロナ禍にも同様に、多くのビデオチャットサービスが存在する中で、Zoomが突出した存在となりました。「テックトピア:米国のテクノロジー業界の舞台裏」の過去回はこちらを参照。

そしていま、AI議事録機能を備えたノートアプリ「Granola」が、シリコンバレーの著名な投資家やテック業界のリーダーたちから熱い注目を集めています。ユーザー数も急増しており、その勢いはかつてのSnapchatやZoomの成長を彷彿とさせるものがあります。

注目を集める「Granole」とは

最近では、NotionやOpenAIなど、AIサービスを提供する企業が次々と新たなAI議事録機能を打ち出していますが、その火付け役となったのがGranolaです。

Granolaを一言で表すなら“AI議事録ツール”ですが、従来の多くのツールが「会議全体をまるごと要約」しようとするのに対し、Granolaは「ユーザーの取ったメモ」を起点にAIが文脈を読み取って要約を作成する、ユニークなアプローチを採用しています。

使い方はとてもシンプルです。ユーザーは会議中に、自分にとって重要だと感じたキーワードや短いメモを記録するだけ。Granolaは会話全体を文字起こししつつ、そのメモを手がかりに、関連する議論を補完して、ユーザーが求める議事録を生成します。

  • テックトピア:米国のテクノロジー業界の舞台裏 第36回

    Granolaのメモ作成ウインドウは白紙のメモ帳のようなすっきりしたデザイン。走り書きのようにキーワードを書き留めていくだけで、Granolaがユーザーの意図を汲み取って議事録を作成します

もちろん、メモにもとづくため、要約にはある種の偏りが生まれます。しかし、それは全体を均等に要約する従来型の方法でありがちな「重要なニュアンスの欠落」を防ぐことにもつながります。その結果、ユーザーの意図に沿った、実用的で精度の高いアウトプットが得られると高く評価されているのです。

しかも、ほんの数行のメモで済むので、会議中に複雑なメモ取りに追われることなく、議論に集中できるというメリットもあります。このようにGranolaは「人間とAIの協働」による新しい議事録のあり方を提示しています。とはいえ、ユーザーが急増している理由は、別の要因が大きく影響しているようです。

Granolaは、デバイスのシステム音声から直接音声を拾って文字起こしを行い、Slack、Zoom 、Microsoft Teams、Google Meet、Webex など、あらゆるオンライン通話で利用可能です。

他の議事録ツールの場合、たとえばGoogle Meetの議事録機能はGoogle Workspaceに組み込まれていて、Geminiが作成した議事録が参加者に共有されます。Fathom、Otter.aiなどは、AIアシスタントが「参加者」として会議に加わる方式です。こうしたケースでは、AIが記録を行っていることが参加者全員に明示されます。

Granolaの場合、カレンダーと接続するとミーティング予定を検知し、開始前にリマインダーが表示されるので、ワンクリックで議事録の収録を始められます。良く言えば、わざわざ参加者全員の許可を取る手間や、AIボットが参加してくる心理的抵抗を避けられ、とても手軽です。悪く言えば、他の参加者に知られることなく、議事録の作成ができてしまうのです。

注意点として、米国では州ごとに会話の録音に関する法律が異なり、カリフォルニア州やフロリダ州など十数州では、会話に参加する全員の同意が必要とされています。こうした法的責任はツールの提供者ではなく、ユーザー側にあります。Granolaは利用の際に、参加者の許可を得るようユーザーに促すプロンプトを表示します。

法的な問題を別にしても、やはり会話を記録するなら、事前に参加者に伝え、同意を得るのがマナーだと言えるでしょう。とはいえ、現実にはそうした同意なしでGranolaが使われるケースが、少しずつ広がってきているのです。

もしこれが、FacebookのCambridge Analyticaスキャンダル(2018年)直後の、プライバシー意識が最も高まっていた時期だったら、Granolaのようなツールにはもっと厳しい視線が注がれていたかもしれません。でも、トランプ2.0の現在では「会議では誰もが何かしらの方法でメモをとっている。だったら、AI議事録に任せて議論の質を高めた方がいい」というように許容する傾向が強まっています。

Granolaは機能としての革新が注目を集めている

このようにAI議事録の手軽さが受け入れられ、ビジネス会議にとどまらず、オンライン診断や学校の保護者面談など、日常のさまざまなシーンでも活用が広がっています。実際、AI議事録があることで「ちゃんと記録されている」という安心感が生まれ、ミーティングの内容をより深く理解し、活かすことができるようになります。

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    2023年にGranolaを設立したクリス・ペドレガス氏とサム・ステファンソン氏

Snapchatは記録を残すチャット文化に対して「一定時間で消えるメッセージ」という仕組みを提示し、10~20代の若者に強く支持されました。永久に残る投稿に対する抵抗感があった若者にとって、忘れられる安心感、「完璧な投稿」を求められない気軽なやりとりこそ、彼らにとって有用なコミュニケーションでした。

Zoomは「Zoomリンクを送るだけで会議が成立」し、「アカウント登録なしのゲスト参加も可能」という圧倒的なカジュアルさが、コロナ禍におけるビデオチャット需要の増加にマッチしました。

Granolaもまた、AI議事録ツールに人々が潜在的に求めている“手軽さ”のツボをしっかりと押さえています。

Granolaは、製品そのものが革命的というより「機能としての革新」が注目を集めている存在です。同様に機能の新しさで人気を博したSnapchatの場合、Facebookが買収に乗り出し、交渉がまとまらなかった結果、Facebookは「Instagramストーリーズ」や「Facebookストーリーズ」といった対抗機能を自ら実装しました。

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    Granolaは現在、チーム全体で会議の記録を共有し、過去の議論の内容を横断的に検索・分析できる「AIワークスペース」としての機能を進化させています

Granolaも、これから大手テック企業との競争にさらされていくことになるでしょう。数年後には姿を消しているかもしれません。でも今のところ、共同設立者でCEOのクリス・ペドレガル氏は、人々のための進化を継続し、それを「誰よりも早くやる」と語っています。