今回は有限会社ザートデザインのデザイナー、安次富隆(あしとみたかし)さんにお話をお聞きします。デザインと聞いて私たちが思い浮かべるのは、おそらくプロダクトデザインのことではないでしょうか。実際に人々が使う製品を設計する、そこには数学的な構造が不可欠なはずです。デザインと数学の興味深いつながりにせまります。

-素敵なデザイン事務所ですね。本日はよろしくお願いします。

いらっしゃいませ。よろしくお願いします。

-今日はデザインと数学のお話をお聞きしたいと思い、お邪魔しました。

なるほど、お話しいたしましょう。ところでデザインと一口に言いますが、デザインって一体なんでしょう?

-たとえば製品の形とか色とかを決めることなどでしょうか?

確かにそう思っている方は多いようです。けれども、デザインとは見た目だけの話ではないんですよ。製品をデザインするときには企画、プレゼンテーション、予算組み、図面製作など、形にまつわることだけではない、さまざまな行程が存在します。製品である以上、強度や構造、耐久性なども考えなくてはいけません。ボタンを押したときのクリック感やサウンドを考えることもデザインなんです。また不良品が出る確率を計算することも必要です。

-不良品ですか。

たとえば製品の色にはどうしてもブレが出ます。どこまでのブレを許容できるのか、その限度範囲も決めなければなりませんね。これだってデザイナーの仕事ですよ。やることは山ほどあります(笑)。

-なるほど。デザイナーという仕事に関しては、実は知らないことがたくさんありそうですね。私たちは見える形での製品しか意識しませんが、形だけで製品ができているというわけではありませんものね。

そうなんです。そして、先ほどあげたようなデザイナーの仕事すべてに、当然数学が関わってくることはおわかりでしょう。

-デザインと数学なんて言ってしまいましたけど、数学がなければデザインは成り立たないんですね。

そのとおりです。ただ、よく美しい形の比率として、「黄金比」のお話などが出ます。けれども、私は「黄金比」を参考にデザインをしたことはないんですよ。「黄金比」というものは形の話ですから。座りやすいイスを作ろうといったときや、操作性の高いリモコンを作ろうといったときには、意外と役に立ちません。だからデザインは形だけではないんですよ。

-確かにそのとおりですね。これからいろいろな製品の見方が変わりそうです。安次富さんがデザインをする際に一番重視することって何ですか?

私のデザインテーマの1つに「最小限の入力で最大限の出力を」というものがあります。人の暮らしを便利にするということは、簡単にいえば楽ができるようにすること。最小の材料を使って、最大の効果を出せるものは楽になるものですよね。僕はそういったデザインをめざしています。

-安次富さんがデザインしたおもしろいイスがありましたけど、それも「最小限の入力で最大限の出力を」という考えで作られているんですか?

はい、「飲兵衛の腰掛け」のことですね。僕の出身地である沖縄には、これと同じ形をした漁師が使う枕があるんです。おもしろいことにイスラム圏の机やアフリカの農具にもこれと同じ構造がみられるんですね。このイスはチーク材を切るだけでできていて、張り合わせもありません。最小限の材料の組み合わせで、さまざまな道具が作れるからこそ、この形が世界で伝統的に使われてきたのだと思います。「最小限の入力で最大限の出力を」というテーマを体現してきた道具というわけですから、これを未来に伝えたかったんです。

-そのような思いがこういう形で結実するわけですか。納得です。ところで安次富さんは、数学に対してすごいこだわりがあるようですね?

ありますね。私は数学とは世界が見える道具だと思っています。これは、私が昔書いた「デザインとコンピューター」というレポートですが、ここにも数学の話はたくさん出てきますね。たとえばこの表を見てください。

大きさの単位はさまざまなものがありますが、この表はいろいろなもの大きさの単位をkmに置き換えてみたものです。そしたら非常におもしろい発見がありました。人の大きさを10-3kmとしますと、原子核の直径は10-16kmくらいですね。太陽系の直径が1010kmになります。すると、人から見た原子核の大きさと、人から見た太陽系の大きさは、同じくらいのレベルで差があることがわかるんです。原子核を基準にすれば、人は太陽系ほどの大きさであると思えてきます。僕らは小さいようで、実はむちゃくちゃでかい(笑)。このように世界を捉え直すことができるんです。世界の見方を変えてくれる、数学のそんなところが好きなんですよ。

-安次富さんは昔から数学がお好きだったんですか?

僕、基本的に勉強全般が大好きだったんですよ。数学はもちろん、どの教科も基本的に好きでして。そのせいで、将来何になりたいか考えたときにすごく困ったんです。選べないんですよ、全部好きだから。そんなときに出会ったのがデザインという言葉なんですね。全部の学問に触れることができる分野だ、と(笑)。それがデザイナーをめざすきっかけになりましたね。

-そしてデザイナーになるために、美大へと進まれたわけですね。

そうですね。ところが、僕が受験する美大はプロダクトデザインやグラフィックデザインなどで学科が分けられていたのです。僕はそのようにデザイン自体を分断するのが許せなかったんですね。けれども選ばなければいけない。その中で「プロダクト」の意味を調べたら、「生産」だったからそちらに進むことにしました。産めばいいんだ、と(笑)。ただ、やはり思惑と違って、当時のプロダクトデザインの学科は家電や車のデザイナーになりたい人の場所でした。それらの授業はもちろん勉強になったんですけど、僕の理想からはほど遠かったのも事実です。だから今、自分の出身大学で講師として教えているのも、そのときに自分が受けたかった授業をやるというリベンジなのかもしれませんね。

-大学時代はどのように過ごされていたんですか?

他人の倍は授業をとっていましたね。山を歩いて食べられる植物を探すという自然文化史の授業や、レーザーのしくみを教えてくれた物理学の授業など、デザインの授業以外も本当に楽しかったです。ほかにも課題で立体凧を考えて、製作したりもしていましたね。一番効率のいい揚力発生のしくみを計算するんですよ。すると通常の凧のように枠面に骨があるよりも、テンション構造を使って幕の中に骨を作った方が、効率よく揚力を発生させられる。そうやって、風がほとんどないのに飛んでいく凧とか作っていましたね。

-そんなことまでやられていたんですか。すごいです!

ところが、そういう子がほしい会社ってないんですよね(笑)。でもどこか就職しなければ、ということで就職活動を同期よりはかなり遅めに始めましたね。数ある会社の中からソニーを選んだのも、決め手は経営者の考え方でした。デザインの部門を社長直属でおく、ということを経営者側が明記していたんですね。だからとくに家電がやりたくてソニーに入ったわけではないんです。

-安次富さんのお話を聞いていると、数学だけでなく、さまざまな分野への興味によってご自身のデザインを作ってきたように感じられますね。

でも根底にあるのは単純なおもしろさだと思います。数学も、なにかの役に立つからおもしろい、というよりも単純なパズルのようなおもしろさがあると思います。現実に役立てようと無理矢理考えるよりも、数学という世界が自分のいる世界とは別にあって、そこでも僕らは楽しめる、そういう考え方が大切だと思います。役に立つからやる、というのではなく、楽しいからやる。そんな楽しみのひとつに、僕にとっては数学というものがあるんですよ。

-本日は数学の魅力を再発見できるようなお話をありがとうございました。

安次富さんの言うとおり、数学って本当に楽しいものだと思います。どの分野の勉強もし続けたいからデザイナーをめざす、という安次富さんの考え方は、学際的で広がりがある考え方だと思いました。安次富さんのように数学を使って世界を楽しめる人がもっと増えれば、とても有意義なことだと思います。安次富さん、デザインと数学のお話だけでなく、数学のダイナミックさを改めて考えさせてくれるお話をありがとうございました。

今回のインタビュイー

安次富 隆(あしとみ たかし)
1959年沖縄県生まれ。有限会社ザートデザイン・プロダクトデザイナー。
多摩美術大学プロダクトデザイン卒業後、ソニーデザインセンターに入社しテレビ、オーディオ、ビデオなどのデザインを手がける。
1991年に有限会社ザートデザイン設立。
2008年から多摩美術大学プロダクトデザイン教授。

このテキストは、(公財)日本数学検定協会の運営する数学検定ファンサイトの「数学探偵が行く!」のコンテンツを再編集したものです。

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