高度にインターネットが発達した現代では、知りたい情報をすぐに検索して調べることができる。一方で、本を読むことで得られる想像力やインスピレーションも重要だ。"本でしか得られない情報"もあるだろう。そこで本連載では、経営者たちが愛読する書籍を紹介するとともに、その選書の背景やビジネスへの影響を探る。
第2回に登場いただくのはオンラインプログラミング学習サービスのProgateを創業した、Progate CEOの加藤將倫氏。加藤氏が選んだのは宇宙飛行士の野口聡一氏が執筆した『どう生きるか つらかったときの話をしよう 自分らしく生きていくために必要な22のこと』(アスコム)。
同書は宇宙飛行士の野口聡一氏が経験した「燃え尽き症候群」と、その苦しみの中から見つけ出した「自分らしく生きること」の本質をありのままに描いている。3度の宇宙飛行やギネス世界記録の認定など、一見すると輝かしい経歴を持つ野口氏だが、なんと10年間も燃え尽き症候群に苦しんだそうだ。表紙には「後悔なく生きるのは宇宙に行くより難しい」とも記されている。「どうすれば誰もが自分らしく生きていけるのか」を、野口氏の体験と共に考えることができる一冊だ。
読書メモとペア読書で深い理解を
--普段の読書の様子や頻度について教えてください
加藤氏:普段は電子書籍も紙の本も、どちらも読みます。そのときの気分で決めることが多いですね。読書のペースは年間50冊、1カ月当たり3~4冊を目安に読んでいます。知人やSNSのおすすめの本を中心に探すことが多いです。
以前から本を読もうという気持ちはあったのですが、なかなか時間が取れませんでした。ですので、最近は「ペア読書」を取り入れています。ペア読書とは、ある一冊の本を決めて、その本を読みたい知り合いや友人を募集して一緒に読むという方法です。「この日この時間に読もう」といったように声を掛けます。
ペア読書の利点は、本の内容について振り返って議論できることです。感想や気になった点を共有したり、わからなかった部分を解説してもらったりできます。本を読み終わってから20分くらいで感想や気付きをいったん自分の読書メモにまとめて、それからディスカッションを始めます。
--読書メモは非常に細かく書かれていますね
加藤氏:読書メモを取り始める前は、本を読んでも1年後には内容を忘れてしまうことが多く、その本を読んだという記憶しか覚えていないことがありました。読書メモを残すようにしたら、以前より記憶に定着しやすくなりました。頭の中に索引が作られ、そこに本の内容が蓄積されるイメージです。
実は、読書メモを書くようになってからの方が、同じ本を何度も読むようになりました。読書はタイミングが重要だと思っているのですが、何か悩み事や迷い事が生じたときに読書メモを見返して、「そういえばあの本にヒントになりそうなことが書いてあったな」と思い出せるようになったからです。
最近はビジネス本や自己啓発書などを読むことが多いのですが、経営者が書いた本は「まさに自分たちにも起こっている問題だな」とか「会社の次のフェーズで問題になりそうだな」と考えながら読んでいます。本を読むのと読まないのでは自分自身のアウトプットにも差が出るのを感じているので、読書の習慣は維持したいです。
「他者から与えられたものはいつか失われる」自分軸で夢や目標を持つ重要性を痛感
--『どう生きるか つらかったときの話をしよう 自分らしく生きていくために必要な22のこと』を読んだきっかけを教えてください
加藤氏:この本は知人からの紹介ではなく、Kindle(電子書籍)で偶然見つけました。おすすめに出てきたので、読んでみようと思ったのがきっかけです。実際に読んでみると、当時の自分が抱えていた悩みと共感できる内容でした。野口さんは何度も宇宙飛行を成功させていますが、この本には宇宙から地球に帰ってきた後のエピソードが描かれています。
この本に出合ったのは、私がProgateを立ち上げから10年が経ち、「プログラミングの楽しさを多くの人に伝える」という創業からの目標を一定程度達成しつつも、その次の10年向けたもう少し大きな夢を探している最中でした。
--読んでみてどのような感想を持ちましたか
加藤氏:宇宙から帰ってきた野口さんは多くの人に、「宇宙に行って人生観は変わりましたか?」と聞かれたそうです。でも、野口さん自身は人生の価値観の変化をあまり感じなかったといいます。
宇宙飛行士が飛び立つ前や宇宙にいる間はとても脚光を浴びますが、いざ地球に帰って来ると世間は次の宇宙飛行士に興味が移ってしまいます。野口さんが打ち立てた記録も、後から宇宙に行った他の宇宙飛行士にどんどん破られていく中で、野口さんは「自分はもう必要とされていない」「自分には価値がない」と感じ、人生の次の目標を決めかねてモヤモヤするというエピソードがあります。なんと10年近くも悩んだそうです。
私もProgateを起業してから10年という節目のタイミングを迎えて、会社の20周年に向けて「これだ!」という具体的な次の夢が見つけられていません。中退していた大学に復学したり海外に行ったりしてみたのですが、「野口さんはどうやって悩みから抜け出したのかな」と考えながら読むと、野口さんのエピソードは自分自身にも重なるものがありました。
「宇宙飛行士になって宇宙に行く」というのは大きな夢で、多くの人が憧れますよね。野口さんも宇宙に行くことをずっと夢見ていたわけですが、振り返ってみると、そこには他者評価の影響も含まれていたと書かれていました。宇宙に行くことは社会的な評価も高いですし、ある意味でわかりやすい夢でもあります。ですので、野口さんはその夢を叶えた後に本当に自分自身がやりたい夢を見つめ直すことになります。
私は東京大学に入学して中退しました。「東京大学に入学する」というのも自分自身で決めた目標のようで、実は「東京大学に入れたらすごい」という社会的な評価の影響を受けているはずです。自分で夢を決めたようで、その裏側には他者評価が隠れています。
起業したきっかけを振り返ってみると、もちろん「プログラミングの楽しさを多くの人に伝える」という思いは持っていましたが、「起業ってかっこいいな」「資金調達できたらすごいな」という気持ちもあったような気がします。自分の目標の全部が他者評価の影響を受けているわけではありませんが、自分の中でぶれない軸は何かを考えるきっかけになりました。
--特に印象に残ったエピソードはありますか
書籍の中で、「自分自身のアイデンティティを築くためには『自分は何が好きか』『自分には何ができるか』『自分は何を大事にしているか』の3つを考え抜くことが大事」と述べられています。また、そのためのステップとして、「自分の価値と存在意義」を自分で決め、自分の棚卸しをして最後に残るものを見極め、これまでの選択や人生に意味付けをすることが必要、とも書かれています。
これを読んで、私自身もこれまでのキャリアや事業の棚卸しをやらなければいけないタイミングだと実感しています。自分の価値観を棚卸しした後に残る根源的なものこそ、企業の次のミッションやビジョンにもつながるはずです。
Progateは以前、インドやインドネシア、アフリカなどでの展開を目指していました。しかしコロナ禍の影響などを受けてあまりうまくいかなかったので、現在は縮小しています。ただ、私自身が価値観を棚卸ししたときに、「やっぱりグローバルはやりたい」という気持ちが残っています。近々海外を数カ国回る予定なのですが、そのような行動のきっかけが得られました。
もう一つ印象的な言葉として「他者から与えられたものはいつか失われる」というフレーズが心に残っています。ここまで紹介してきた内容とも一部重なるのですが、他者からの評価で自身の承認欲求を満たすことは、その目標を達成した瞬間に次の目標を見失う原因になります。
反対に、自分が納得して立てた目標であれば、それは誰からも侵食されないし、他人に奪われることもありません。夢や目標を持つためのプロセスが大事だと実感しました。人生は一度きりですし、どれだけ悩んだとしても自分軸を持つ必要があると思います。何より、私自身が自分軸を必要としているので、このエピソードが私に刺さったのかもしれません。
ビジネスパーソンも自分軸で夢を持てるように
--この本を読んで、ビジネスに生かせるポイントはありますか
加藤氏:誰しも、野口さんと同じように燃え尽き症候群に直面する可能性があると思います。例えば、会社員の方が社内からの評価に最適化して仕事をしたりスキルを学んだりする場合、それは自分軸ではないので、その会社の社員であるというアイデンティティを失うのと同時に次の目標を失ってしまうはずです。
昨今は転職活動も活発化していますし、生涯同じ会社で勤め上げるような働き方とは違う働き方も一般的になりつつあります。もちろん勤務先の会社で最大限のバリューを発揮することも大事ですが、自分軸でやりたいこと・やるべきことを設定するのも同じように大事だと思います。
会社や社会からの評価と自分軸のビジョンをすり合わせて、その上でバリューを発揮できる領域を見つけられれば、燃え尽き症候群になりにくいでしょうし、次の夢に向かって前に進む原動力にもなるでしょう。