米AppleがオランダGemaltoと共同で開発中とうわさされているプログラム可能な組み込み型SIMに対し、欧州のオペレータがさまざまな動きにでている。単なるパイプ役になることを拒むオペレータが必然の流れに逆らっている必死の抵抗とみるべきか、それとも……。

AppleとGemaltoの報道は10月末にGigaOMやLes Echosらが報じたもの。開発中という最新のSIMは遠隔からのアクティベーションを可能とするもので、たとえば、直営店のApple Storeで「iPhone」を購入し、ネットワークオペレータを選んで利用する、といったことが可能となる -- つまり、オペレータと直接やり取りする必要はなくなる。オペレータの乗り換えも容易となるため、この計画が本当で製品化されればオペレータにとって大きな意味合いを持つ。オペレータは顧客との接点を失い、前々からの課題であるChurn(解約率)を高めることになる。

11月18日、Financial Times紙は複数の欧州オペレータからの非公式な話として、Appleが最新のSIMを搭載したiPhoneを投入した際には契約付きの割引販売を停止するつもりであることを報じた。英Vodafone、仏France Telecom(Orange)、スペインTelefonicaの社名が挙がっている。3社はコメントを控えたというが、いわれているようなSIMが登場することになれば、Appleはオペレータと「戦争」状態になるリスクがある、とある業界関係者がコメントしたとのことだ。

AppleがGemaltoと組んで実現しようとしていることは、米国市場で米Googleが「Android」搭載の「Nexus One」で試みたことだ。Googleは結局、当初の予想通り計画を進めず、キャリアの選択肢は増えないまま直販サイトを閉鎖した。Googleは失敗したが、これは米国市場での話。米国や日本と比べて端末とネットワークサービスが分離している欧州では、Appleの新しいSIMはかなり大きな意味を持つ。Appleはすでに「iTunes」という支払いチャネルを確立しており、場所もGoogleにようにWeb直販ではなく実際の店舗で展開する。インパクトは大きいと予想できる。

SIMはSubscriber Identity Moduleの略で、電話番号と所有者の名前などの情報を含むメモリチップ。ユーザーがオペレータと契約する際にSIMを手に入れることになる。欧州ではSIMだけの購入も可能で、1台の携帯電話で複数のSIMを差し替えながら利用することもできる。また、Nokiaなどは1台の携帯電話で2種類のSIMを挿入可能な機種も提供している。SIMのわかりやすさと便利さは、GSMの普及に欠かせなかった要素だ。

欧州ではオペレータによるネットワークサービスと端末のバンドル販売に対する規制(最も極端なベルギーでは、端末は新製品含めすべて契約なし(端末単体)でも提供しなければならない)もあって、iPhoneは多くの国でマルチオペレータを実現している。たとえば、英国ではVodafone、O2、Orange、T-Mobileの4強に加え、3G専門の"3"、スーパーのTescoのMVNO、Tesco MobileなどでもiPhoneを利用できる。最初からiPhoneを狙うユーザーは、オペレータ各社のiPhoneタリフを比較して入手できるので、オペレータのコントロールは日米と比較するとかなり弱くなっている(オペレータはこれまでこれまでポータルサービスを展開していたが、Appleはアプリストア「App Store」でオペレータを中抜きにしてしまったのは言うまでもない)。新しいSIMは、そうでなくてもオペレータの縛りが薄くなった消費者に最後のステップを提供するといえる。

FTが報じているオペレータの動きは、そのような状態への抵抗といえる。オペレータが一丸となって割引料金でのiPhone提供をボイコットすれば、iPhoneは600ユーロ程度のフル価格でしか手に入らない。多くの人が2年契約付きの割引料金でiPhoneを購入していることを考えると、Appleにはそれなりに打撃となりそうだ。FTによると、Bernstein Researchのアナリストは、オペレータが割引価格での提供を停止した場合、iPhoneの販売台数は最大で12%減少すると予想しているとのことだ。また、Appleにやられっ放しの他社(Nokiaなど)がオペレータの不満を感じ取って、関係を強化することも考えられる。

もう1つの動きが、オペレータの業界団体GSM Association(GSMA)の新しいタスクフォースだ。やはり、プログラム可能な組み込みSIMの可能性を探るもので、11月18日に発表した。GSMAでは、MtoM(Machin to Machine)やNFC(短距離無線通信規格) 時代をにらみ、カメラ、MP3プレイヤー、カーナビ、電子書籍、スマートメーターなどの端末がモバイル通信対応するのを支援する、とタスクフォースの意図を説明している。参加メンバーは、AT&T、Cihna Mobile、NTTドコモのほか、Vodafone、France Telecom、Telefonicaの名前も入っている。

GSMAによると、2011年1月にも市場調査を終了し、仕様を固めていくとのこと。製品は2012年に登場を見込むという。GSMAにしてはかなりタイトなスケジュールに見えなくもない。そういえば、GSMAのもう1つの対抗(App Storeに対する対抗)である、モバイルアプリマーケットプレイス「Wholesale Applications Community(WAC)」についても、今年2月の設立から約9カ月でメンバーが57社に達したことを発表している。だが、WACはアプリ開発者から支持されていない印象を受ける。

どうも、モバイルを自社の思うとおりに進めていこうとするAppleと、対応にあたふたするオペレータという構図に見えてしまうが、どうなるか。

追記: 本コラムは22日の執筆時のものであり、その後、Appleは「iPhone」には組み込み型SIMを搭載しないと複数のメディアが報じている。