2006年6月7日、金融商品取引法成立に伴い新たな内部統制のルールとして施行された「J-SOX(日本版SOX法)」は、2008年4月1日からすべての上場企業に適用された。企業側では、多大なコストをかけてIT統制の仕組みを整えたものの、今度はその運用のために費やす多大な労力が業務の妨げとなっている。

J-SOX以降の承認業務負荷が課題

黒田電気では、J-SOX法以降に必要となった詳細な承認フローが業務負担になっていた。第一管理本部 システム部の安田晋也氏は、こう経緯を語る。

黒田電気株式会社 第一管理本部 システム部 1課 課長 安田晋也氏

「当社は商社として、お客様のニーズを探してそれに見合ったものを提供していくのが基本的なスタンスです。企業と企業の間に入って両者の取引がうまく成立するためのサービスをグローバル規模で提供しています。例えば素材のみを売る素材メーカーと、その素材を加工した製品が欲しい部品メーカーがある場合、一時加工する業者を探して素材を加工業者へ持っていき、出来上がった加工製品を要望されたタイミングで部品メーカーへ納品します。在庫を持ちたくない素材メーカーと、欲しいタイミングで納品を希望する部品メーカーの間に立ち、代理で素材を発注し納品された製品の在庫を一時保管するような業務も多く発生します」(安田氏)

部品メーカーから送られてきたフォーキャスト(製品のリードタイムを短縮するため、発注元が納品業者に先行して渡す所要計画情報あるいは購入予測情報)をもとに、予測をして業者へ製品発注を行うが、そこに多大な業務が発生しているという。

「フォーキャストの段階なので、仮の単価で発注して後で価格が変わるということはよくあります。2008年のJ-SOX法以降は先行発注の場合、販売先に対して責任を持っている者が必ず発注前に確認するというルールになり、担当営業の上長が承認しない案件は発注も入荷もできない仕組みになりました。ところが、上長も営業活動のため日中は社内にはおりませんので、承認業務は事務所に戻ってから対応するか、出先でノートPCを立ち上げて行う方法しかなく、非常に効率が悪い状態になっていました」(安田氏)

急ぎの承認案件は、内勤社員が承認者へ電話を入れて催促していたが、出先でノートPCから社内システムに接続するには、データカードをONにして、PCを立ち上げ、VPNで基幹システムに接続してようやく承認システムへのアクセスが可能になる。

「修正の承認はさらに面倒なことに、紙面で押印が必要となり、その作業のため帰社を余儀なくされていました。業務効率化と工数削減の仕組みを整えるため、新たな承認システムの導入が必要でした」(安田氏)

外出の多い営業マンからの承認業務をスマートフォンで効率化

そこで同社では、SAPシステム(基幹業務を部門ごとではなく統合的に管理するためのソフトウェアパッケージ)導入に連動してスマートフォンから承認作業を行える仕組みを構築、2014年4月より運用をスタートした。内勤担当者が仕入れ情報を入力すると、自動的に承認者のスマートフォンに「承認してください」とアナウンスメールが飛び、画面にもポップアップで表示される。

実際に同社が導入したシステムは、以下の動画のようなものだ。


承認者がその場でスマートフォンからアプリを開いて内容を確認し、「承認」ボタンを押すとSAPシステムに反映され、先の処理に進める。加えて訂正作業も、スマートフォンのアプリから承認可能になり、訂正用紙に押印するため会社に戻る必要もなくなった。

承認詳細画面。内容もスマートフォンから確認できる

承認者の富川尚樹氏は、その効果を語る。

西日本営業本部 第4営業部 営業1課 課長 富川尚樹氏

「承認回数は、少ない日でも10件~15件、多い日は30件ほどあります。以前は、PCを立ちあげて社内ネットワークに入るまでかなりの時間がかかっていました。1件あたり、毎回5分前後の時間は要していたと思います。今は1~2分ほどで完了するので、スマートフォンから承認作業ができることで業務スピードは格段に向上しました」(富川氏)

承認一覧画面、電話で内容を聞いている案件は詳細を開かずに一覧画面から承認できる

承認を確実に行えることは対外的にも大きな意味を持つと富川氏はいう。

「納期厳守のための時間短縮ツールは絶対に重要です。承認がスムーズに行えれば注文書をすぐに出せ、仕入れ部門や発送部門が動けるようになります。お客様の要求に確実かつ短納期で対応していくことで信頼を得て、さらに受注が増えていくという効果はあります」(富川氏)

SAPシステム導入に伴いAndroidを使った承認システムを開発

アプリの開発は、SAPシステム導入のサブシステムの位置づけで進められた。SAPシステム全体としての開発期間は1年ほどだが、アプリ事体の開発はトータル3か月程度で完成した。

開発当初、iOSとAndroid OSの双方を検討し、最終的にAndroid OSを選択した。 アプリベンダーは、フィーチャーフォンのOS開発を手掛けてきたノウハウのあるSky株式会社に依頼した。

「SkyからiOSとAndroid OSの双方の見積もりをもらいましたが、iOSはアップル社の審査を通さねばならないので、開発からApp Store公開のライセンス取得まで時間が掛かり、その分費用が高くなります。開発後の修正も、App Storeを通さねばなりません。iPhone、Androidどちらの端末でも使用できるようHTMLファイルで作成する案も検討しましたが、使い勝手が落ちてしまいます。企業側からみるとオリジナルのシステムを制作するにはAndroid OSの方が簡単ですね」(安田氏)

アジアにも多数の顧客を持つ同社では、上海や香港にもグループ会社があり中国人の社員も多い。今回のアプリ開発は、将来のグローバル規模での活用も視野に入れ多言語仕様にした。「端末コストが高いiPhoneで設定してしまうとコストが弊害となり海外での導入が進まない可能性があります。Androidで開発しておけば今後のグローバル規模での展開にも移行しやすいと考えました」(安田氏)

競合が多数あるなか、商社としての付加価値を高めるには、顧客のさまざまな要望に応えるため、どれだけ多くの仕入先、業者とのパイプがあるかが勝負になる。そのため、営業担当は常に社外を飛び回ってコネクションを作ることに集中できる体制づくりが必須だと安田氏はいう。

「事務処理しなければならないから会社に戻るというのはさせたくありません。過去、営業担当にはノートPCやデータカードを携帯させる業務スタイルを早くから取り入れてきた経緯があります。今はもうそれでは間に合わない時代になっています。今後もスマートフォンからできることを増やし、無駄を省いた業務スタイルを検討していく予定です」(安田氏)