DXが急務と言われる今、既存のシステム改修、保守・運用といった業務に新規システムの開発が加わり、情報システム部門の業務量は増大の一途をたどっている。「(この状況を打破するために)組織マネジメントや戦略の視点で、何か考えないといけないと薄々感じているのではないか」と語るのは、アイ・ティ・アール(以下、ITR)シニア・アナリスト 水野慎也氏だ。
3月7日に開催されたTECH+セミナー「情シスの業務改革 2025 Mar. 2025年度を見据えた最後のアプデ」に登壇した水野氏は、「攻めのIT戦略を実現するための、情報システム部門強靭化計画」と題し、“攻め”の情報システム部門に転じるために必要な構造改革について、人材・予算・テクノロジーの観点から解説した。
人材・コスト不足の情報システム部門に集まる期待
DXが急務と言われる今、システム技術者の需要は高まっているが、DX推進において最も必要とされる「最新テクノロジーに精通し、企業システム全体の設計やプロジェクトのマネジメントを行える人材」は不足しているのが実情だ。
また、日本銀行が公開する「企業向けサービス価格指数」(2020年基準)の推移データによれば、ITサービスの調達コストは上昇を続けている。
「受託開発ソフトウエアもポータルサイトやサーバ運営のコストも2020年対比で10%近く上がっており、運用に関してもインターネット利用サポートのコストが2023年ごろから急に上昇していることが分かります。これはセキュリティ関連のコストが大きいという話を聞いています」(水野氏)
こうした中、ITRが実施した「IT投資動向調査2025」で「DX推進において最も重要な役割を担うべき組織」を尋ねたところ、最も多かった回答は経営企画部門やDX専任部門を押さえて「情報システム部門」(34%)だったという。その一方で、推進体制別にDX進捗度合いを見ると、IT部門が単独でDXを推進している場合は進捗度が低いことが分かった。
反面、調査結果からは「IT部門を包括したDX組織」や「IT部門と独立したDX組織」では大きく進捗している傾向が見て取れる。つまり、DXを進めていくには情報システム部門と他組織との連携が鍵になるということだ。
“守り”の業務中心になってしまった「5つの要因」
水野氏曰く、2017年、2019年、2022年の過去3回のIT投資動向調査でIT部門の役割について調査しているが、セキュリティ管理やシステム改善、障害対応といった従来型機能が主な業務領域であることは変わっていないという。
「情報システム部門に大きな期待が集まっているにもかかわらず、従来型、いわゆる“守り”の業務に終始していて十分な役割を果たせていません」(水野氏)
同氏は、こうした状況に陥った5つの要因について調査結果を紐解きながら考察していった。
1つ目は、老朽化した基幹システムへの対応が進んでいないことだ。クラウドとオンプレミスの混在によって運用業務が複雑化することで、負担増につながっているという。
2つ目はIT人員の不足である。総従業員数に占めるIT人員比率は過去5年間大きく変わることなく、7%前後で推移している。既存システムを抱え、DXの名の下に新規システムが増加している昨今でも、大幅な人員拡充は行われていないわけだ。
3つ目に挙げられたのは、情報システム部門のマインドの問題である。水野氏は「長年、既存システムの保守・運用やトラブル対応を繰り返してきたことで、情報システム部員が“攻めのIT案件”の経験を蓄積できておらず、必要なスキルも身に付いていないのではないか」と指摘する。
「既存システムの運用業務やトラブル対応に追われていたら、自由な時間は限られます。チャレンジが必要だと感じていても、そんな時間はありませんし、そもそもどうやってチャレンジすればよいのかもわからない。ないないづくしで、成長へのマインドが薄れていくのだと思います」(水野氏)
4つ目は、関係者との間で意識や役割に関するギャップがあることだ。ここで言う関係者とは、経営層、業務部門、ITベンダーである。ギャップは、それぞれの関係者と情報システム部門との間に相互理解が不足していたり、各自の役割に対する意識が希薄だったりすることで生じているという。
5つ目は、IT予算の硬直化である。この10年ほど、売上に対するIT予算比率は2.5%から2.9%で推移しており、大きな変動はない。IT予算のうち7割は既存システムの維持などに関する定常費用で、これも10年間大きな変動は見られない。新規システムの構築や大規模なリプレースといった新規投資も変化がない状態だ。
「攻めに転じたくてもお金がない。そんな実態が守りの構造になっている要因だと言えます」(水野氏)
では、どうやってこの状況を変えていけばよいのか。
情報システム部門を強靭化する「6つの戦術」
変化の激しい環境の中で企業が生き残っていくために、情報システム部門は強靭化――すなわち、テクノロジーをしなやかに活用し、強さに変えていく組織へと転換していかなければならない。それには、情報システム部門のマネジメント層だけでなく、実務担当者も当事者として向き合う必要がある。
水野氏は、「それぞれが高い意識で強靭化に取り組んでいくことが重要」だと強調した上で、強靭化に向けた6つの戦術を紹介していった。
情報システム部門の総点検
最初に挙げられたのが、自部門の持つシステム資産や人材、予算と言ったリソースを洗い出して俯瞰図を作成し、評価を行うことだ。すでにシステム資産の一覧や構成管理DBなどを作成して定期的にメンテナンスできていればよいが、なかなか手が回っていないところも多いだろう。俯瞰図作成後、評価に際しては、例えば「機能分割・刷新」「機能追加」「機能縮小・廃棄」「現状維持」などの項目に仕分け、今後のシステム構築計画に活用していくイメージだ。
また、予算に関しても支出を洗い出して一覧化し、その費用の戦略性をチェックしたり、年間予算の推移を業界の平均値と比較したりしてみるとよいという。
IT人材に関しては、量・質の両面で評価する必要がある。具体的には、所属する正社員とスタッフの比率や外部人材の充足度を整理するだけでなく、各人材の保有スキルを調査することが肝要だ。
加えて、DXへの取り組み状況や組織体制などIT戦略の推進状況も今一度見直し、経営層や業務部門からの期待に合致しているかどうか評価する必要がある。
「守り」から「攻め」へのロードマップ
攻めに行くのであれば、守りを固めてから進めたい。仮に、先の総点検によってウィークポイントが明らかになったのであれば、「全ての攻めの案件を停止してでも、先に守りを固めるべき」だと水野氏は言う。そうして守りを固めた次に訪れるのが、攻めへの転換フェーズだ。ここで攻めの姿勢に入るための技術や人材へ予算を転換していく。
「最後が攻めのITを実現するフェーズになります。先に守りを固める、そのために攻めを停止する、と言うと社内で批判されることがあるかもしれません。しかし、自社のシステムが危機的な状況であれば、まずはそれを何とかしなければいけないということを説明して理解を得るべきです」(水野氏)
情報システム部門のリスキリング
近年、注目を集めるリスキリングだが、情報システム部門の強靭化においても有効だという。その方法論として、水野氏は「チェンジマネジメント」「変革の仕組化」「行動を変える学びの場の提供」の3つを紹介した。
チェンジマネジメントは、従来プロジェクト管理のようなプロセス的側面が強かった部分を、人的側面のマネジメントも取り入れるべきだという考え方である。
「要点はいくつかありますが、『現状肯定と将来不安の打破』『内発的動機付け』『心理的安全性の確保』が特に重要な要素となります」(水野氏)
2つ目の変革の仕組化とは、日々の業務の中に変革を意識付けるプロセスを仕込むことを指す。具体的には、目指す理想像を行動規範や業務プロセス、個人目標に組み込んだりするとよいという。
3つ目に挙げられた学びの場の提供に関しては、すでに多くの企業で研修などが実施されているかもしれない。だが、水野氏は「研修などは学びのきっかけに過ぎない」と断言する。知識を学びへと変えるにはアウトプットが必要だからだ。
「得た知識を使うことで学び、それを繰り返すことで行動が変わっていきます」(水野氏)
攻めのコスト構造転換
守りから攻めへ転換する際、重要なのはコスト構造を根本的に変えることだ。
「定常費用が7割を占め、予算総額も増えることは期待できないとしても、定常費用を減らせばその分、新規投資の枠が増える」と水野氏は説く。その新規投資枠を有効活用することで、IT投資への効果が実感されれば予算枠自体の拡大も狙えるだろう。
また、従来の「費用」から「投資」へとコスト構造を転換する上では、その妥当性を評価する「効果」に対する意識も変えていかなければならない。付加価値の創出という本質的な効果へのマインドチェンジが必要だ。
攻めと守りを支えるITベンダー戦略
先のロードマップに従って守りを固めていれば、負の遺産だったレガシーシステムが撤廃できているはずだ。これは、各システムと紐付いていた外部ベンダーとの関係を見直す好機となる。評価軸としては、技術力や俊敏性はもちろん、自社に対する理解度や信頼関係などが考えられる。水野氏は「攻めのITへの移行やそれを拡大するステップごとに、ベンダーは変わる」と説く。
「適材適所でうまく組み合わせていくのがよいと思います。だとすると、情報システム部門は外に目を向け、どんなベンダーやITサービスがあるかを押さえた上で見極める能力が必要です」(水野氏)
経営と全社への働きかけ
水野氏が6つ目の戦術として挙げたのが「経営と全社への働きかけ」である。会議体などで経営への参画を深め、業務を理解した上で関与し、デジタル化を推進していくことが望ましい。とはいえ、経営層や業務部門と対話する機会がないという声も聞こえてくる。水野氏は「なければ、情報システム部門自身がつくりましょう」と呼びかける。経営会議などのアジェンダにDXの枠を設けてもらい、「こういうことをしよう」と提案するのも良いだろう。
また、業務部門に対してガバナンスを効かせることも重要だが、業務部門自身がITを活用することで、業務へも良い影響が期待できる。そうした好循環を作り上げるための働きかけもIT部門の役割だ。例えば、ローコード/ノーコードの開発環境を用意したり、データ活用の環境を整えたりといったことが考えられる。
「こうした活動を社内外に発信していくことで、IT人材の獲得にもつながっていく可能性があります。ステークホルダーとの関係構築は、守りから攻めへの重要な要素だと思います」(水野氏)
* * *
水野氏は、「これまで守りの構造の中にいた情報システム部門は、その役割や意識を変えるべきときだ」と繰り返し強調する。変革の必要性を感じ、取り組みを始めている企業もあるだろうが、その道のりは決して平坦なものではない。
同氏は「AI時代が本格的に到来しようとしている今、置かれた立場を“機会”として捉え、ポジティブに取り組んでいただきたい」と呼びかけ、講演を締めくくった。