日本マイクロソフトは、中堅中小企業を対象にしたAI活用支援を強化する。中堅中小企業、地方自治体を対象にビジネスを推進する同社コーポレートソリューション事業本部では「日本のすべての中堅中小企業、地方自治体がAIの力で、より多くのことを達成できるようにする」ことをミッションに掲げる一方、全国のMicrosoft Baseを活用したAI活用支援やトレーニングプログラムの提供、パートナーとの連携強化、最新事例の公開を通じたAIの活用促進を図っている。今回、同社 執行役員 常務 コーポレートソリューション事業本部長の小林治郎氏に中堅中小企業向けの戦略について聞いた。

  • 日本マイクロソフト 執行役員 常務 コーポレートソリューション事業本部長の小林治郎氏

    日本マイクロソフト 執行役員 常務 コーポレートソリューション事業本部長の小林治郎氏

日本の中堅中小企業こそAI活用を

小林氏は、2024年1月に日本マイクロソフトに入社。入社前は、デルで中堅中小企業ビジネスを統括し、リードプラスの社長および会長として、中堅中小企業向けインターネット広告運用サービスを展開してきた経験を持つ。

その経験をもとに、中堅中小企業のデジタル化支援は「自らのライフワーク」と語る。そのうえで「AIという技術が身近になったいまこそが、日本の中堅中小企業を活性化させる最大のチャンス」と捉えている。これが日本マイクロソフトに入社した理由だと語る。

同氏は「日本の労働生産性は、先進7カ国中最下位であり、日本の生産年齢人口はますます減少していく。しかも、デジタル競争力も低い。だからこそ、日本の中堅中小企業にとってAIが必要になる。中堅中小企業にこそ、AIを活用して欲しい」と提言する。

だが、日本のAI活用においては、世界の活用レベルに比べると、すでに遅れが出始めている。マイクロソフトおよびLinkedInの調査によると、ナレッジワーカーが仕事でAIを使用しているとの回答は世界全体が75%であるのに対して日本は32%、リーダーがAI導入を不可欠と考えている比率は世界全体が79%に対して、日本が69%と低くなっている。

その一方で、ユーザーが自分のAIツールを職場に持ち込んでいるケースは、世界全体と日本は同じく78%という水準にある。こうした傾向から、AIを使用している日本のナレッジワーカーは世界に比べても少ないこと、その多くが自分でAIを契約し、それを仕事に利用していることがわかる。裏を返せば、経営側がAI活用に向けた決断が遅れているともいえるのだ。

  • AIに対する世界と日本の比較

    AIに対する世界と日本の比較

AIの活用で中堅中小企業のIT活用そのものを高い次元に

日本マイクロソフトのコーポレートソリューション事業本部では「日本のすべての中堅中小企業、地方自治体が、AIの力でより多くのことを達成できるようにする」ことをミッションに掲げ、「Copilot シリーズを通して、個人やチームの生産性向上、業務改革を支援」「ISVやスタートアップ企業向けと連携したインダストリーDXならびに開発者支援」「より一般化されるサイバー攻撃への対応力強化」の3点に取り組んでいるという。

  • コーポレートソリューション事業本部のミッション

    コーポレートソリューション事業本部のミッション

さらに、中堅中小企業との接点を持つ全国のパートナー企業とともに、AI活用のためのトレーニングを提供。同時に、日本マイクロソフトが責任あるAIを提供することも、中堅中小企業がAIを活用する際には、重要な要素になることを強調する。

小林氏は「日本の中堅中小企業におけるCopilotの活用は、この1年で2倍に増加しているが、まだ緒についたばかり」と話す。

続けて、同氏は「AIを活用することにより、できなかったことができるようになるという点では、中堅中小企業のIT活用を次のステージに進めることができる。しかし、現時点では、検索の延長線上での利用に留まっていることが多い」と指摘。

また、同氏は「文書の作成を支援したり、海外の取引先とのやりとりを翻訳・要約したり、顧客情報を分析して、戦略を立案したりといったように、どのワークロードにAIにインパクトがあるのかということを考える必要がある。大企業であれば、そうした活用を考える部門があるが、中小企業ではそれができない。当社は、その部分も支援したい。AIのメリットや活用できる領域が明確になれば、中堅中小企業のIT活用そのものを、もう1つ高い次元に引き上げることができるだろう」と語る。

「コパる」ことで中堅中小企業の生産性は向上できる

これらの活動を通じて、経営層や現場に対して、AI導入の価値を訴求することが大切だと考えている。一方、Copilotを使用するには、追加の月額料金を支払う必要があったり、Copilot機能の統合によって、サブスクリプション料金が値上げされたりしている。中堅中小企業では、その点を懸念し、なかなかCopilotの本格活用に踏み出せない状況にあるのも事実だ。

小林氏は「中堅中小企業では、仕事ができる人に、仕事が集中する傾向がある。そうした人にこそ、Copilotを利用して生産性を高め、付加価値が高い仕事に時間を割いてもらいたい。Copilotを導入するだけで、行っている作業を効率化でき、作業時間を短縮できる。その積み重ねが大きなバリューにつながることを訴求したい」と語る。

日本マイクロソフトでは、Copilotを使用することを「コパる」と呼ぶ。同氏は「日本は世界的に見てもOfficeの利用率が高い。それは、言い換えれば、Copilotを活用しやすい環境にあるともいえる。AIに代替できる日常の仕事を、コパってもらうことで中堅中小企業の生産性は大きく向上できる」と自信を見せる。

そして、同社はAIの活用提案において「AIを使う」と「AIを創る」という2つのアプローチを行っている。AIを使うでは、Microsoft 365 Copilotを活用、企業においてAIをすぐに利用できる環境を提案している。

  • 日本マイクロソフトにおけるAI活用のアプローチ

    日本マイクロソフトにおけるAI活用のアプローチ

たとえば、不動産エージェントプラットフォームの提供などを行っているネクサスエージェントでは、Microsoft 365 CopilotおよびGitHub Copilotを導入したことで、ソフトウェア開発におけるテストの効率化、チームメンバー間の情報共有および理解を促進。プログラムのデプロイ頻度の向上に貢献し、業務効率が向上したという。人材不足のなか、経験が少ないエンジニアのスキル向上にも効果が生まれているとのことだ。

  • ネクサスエージェントの事例

    ネクサスエージェントの事例

AIを創るでは、Microsoft Copilot StudioやAzure AI Foundry、Azure OpenAI Serviceを通じて、顧客ニーズにあわせて自社システム内にAIを組み込んだり、業種に特化したAIモデルにカスタムしたり、自社で利用しているアプリケーションに統合して利活用したりするとことなどが可能になる。

オンライン接客の自動化を実現するBOTCHAN AIを提供しているwevnalでは、WebページやFAQページがわかりにくく、他社への顧客流出や機会損失につながっているという課題解決のために、Azure Open AIやFabric、 Cosmos DB、Azure Kubernetes Servicesを導入。

AIを活用することで、顧客対応コストを80%削減したほか、顧客のCVR(コンバージョン率)を最大760%向上させるという効果が生まれた。特に、美容やクリニックなど、対面だと話しづらい内容を扱うサービス業のほか、D2Cや行政、金融、インフラ、士業などに、AIを活用したサービスを提供し、導入数は1年間で10倍に拡大したという。

  • wevnalの事例

    wevnalの事例

Microsoft Baseを「全国AIよろず相談所」に進化

日本マイクロソフトでは、CopilotをはじめとしたAIの活用方法を訴求するために、最新事例を積極的に公開していく考えも示した。

一方、日本マイクロソフトがパートナーとともに、全国で展開しているMicrosoft Baseの新たな戦略についても明らかにした。

同社では「Microsoft Base 第2章」と位置づけ、Microsoft Baseの役割を「DXを加速するための拠点」から「全国AIよろず相談所」へと進化。AIにフォーカスしながら、全国のあらゆる地域において、最新AIを体験できる拠点として、中堅中小企業や地方自治体を中心に支援していく拠点へと再定義した。

小林氏は「お客さまに近づいた形で、AIを体験できる場を用意し、それをパートナー各社が先導役となって推進する仕組みへと進化させた。日本マイクロソフトが、中堅中小企業のAI活用を促進するために、地域に根ざした形で活動を行うことになる」と、役割の変化を示す。

Microsoft Baseは、Azureビジネス本部が統括する形で、2019年からAzure Baseの名称でスタート。徐々に拠点数を拡大しながら、2021年7月からは名称をMicrosoft Baseに変更。地域におけるDXの支援拠点として、あるいはDXに関する情報発信拠点としての役割を担ってきた。

第2章においては、2024年7月以降、コーポレートソリューション事業本部がMicrosoft Baseを統括。2024年11月以降、中堅中小企業を対象にした約15種類のAI関連トレーニングプログラムを提供すると同時に、全国のパートナーへのトレーニングも実施している。

  • Microsoft Baseを全国AIよろず相談所に進化させた

    Microsoft Baseを全国AIよろず相談所に進化させた

トレーニングプログラムでは、AIの導入を検討したいと考えている企業などを対象にした「Microsoft 365 Copilotハンズオンセミナー」のほか、「企業ITインフラのクラウド移行支援セミナー」、「生成AIとAzure AIの基礎」といったメニューを揃えた。さらに、開発者を対象にしたプログラムも用意した。

さらに、各地でMicrosoft Baseを運営する地場パートナーによる得意領域や、地域特性を生かした提案活動、各種プログラムの実施、AIを活用したパッケージ提案などを進めていくという。

小林氏は「各地のMicrosoft Baseの特徴を生かしながら、AIを付加価値として提案できるようにしたい。お客さまやパートナーの声を聞きながら、日本マイクロソフトから提供するトレーニングプログラムの数も増やしていきたい」という。

また、今後もMicrosoft Baseを全国各地に拡大していく方針も示しており、2025年6月までに、全国30拠点以上にする考えだ。

さらに、Azure Open AI Serviceなどを活用してアプリケーション開発を支援するために、「AIマスタープラス」と呼ぶセミナーや、「エーアイディアソン」によるAIを活用したアイデア創出活動などをパートナーとともに展開。各種支援メニューを拡大していくことになる。

中堅中小企業にAIの価値を具体的に訴求

加えて、スタートアップ企業を対象にしたAI活用支援の取り組みも継続的に進める考えも示した。

日本マイクロソフトでは、拡大しているAI関連製品の提案に加えて、全国各地に展開しているMicrosoft Baseというリアル拠点の活用、パートナー向け支援体制の推進、最新事例の紹介などを通じて、中堅中小企業のAI活用支援を強化していくことになる。

なお、2025年10月にサポート終了を迎えるWindows 10に関して小林氏は「今後、パートナーとともに、プロモーションを加速することになる。AIという新たな価値を提案できるタイミングでもある。いまこそ、AIを活用できる環境に移行してもらいたい」と述べている。

  • 小林氏

    小林氏

そして、同氏は「中堅中小企業に向けて、AIの価値を具体的に訴求していく必要がある。企業全体がデータを共通に活用する環境を実現することが、AIの活用にもプラスになる。クラウド化したMicrosoft 365 Copilotを活用し、AIのフル機能を活用してほしい」と力を込めていた。