日揮グループの機能材製造事業会社である日本ファインセラミックス(JFC)は、骨の再生能力に優れ、生体吸収性が高い「リン酸八カルシウム(OCP)」の量産化に初めて成功したと発表。幅広い医薬品・医療機器製造会社との協業を見据え、OCPのサンプル出荷を開始したことを併せて報告した。

この発表に際して実施された記者会見では、JFCとともに長年にわたってOCPに関する研究を進める東北大学大学院 歯学研究科・顎口腔機能創建学分野の鈴木治教授が、バイオマテリアル全般およびOCPの開発の現状を説明するとともに、JFC 取締役で技術開発本部長の細谷敬三氏がOCPの今後の活用に関する展望を語った。

  • 骨再生材料のリン酸八カルシウム(OCP)粉末

    JFCが量産化の成功を発表した骨再生材料のリン酸八カルシウム(OCP)粉末

世界的な高齢化で必要性が高まる“骨の再生治療”

昨今は世界的に高齢化の波が押し寄せており、すでに“超高齢社会”となっている日本はもちろんのこと、イタリアやドイツ、スペインなどの欧州各国でも2030年ごろには超高齢社会の時代を迎える見通しとなっている。こうした高齢化に伴って、骨折や変形性脊椎症、骨粗しょう症などといった骨関節疾患の患者数が増加しており、こうした骨の病気は、一度患うとQOLが著しく低下してしまうという。

その治療方法としてニーズが高まると予想されるのが、優れた骨再生材料だ。セラミックスの製造会社であるJFCは、新規事業として「骨の再生医療」に注目。鈴木治教授による長年のOCPに関する研究を基に、その成果の社会実装をさらに加速させるため、臨床応用拡大を見込んだOCPの量産化に向けた共同研究開発を進めてきたとのことだ。

  • JFCと鈴木教授との共同研究の歩み

    JFCと鈴木教授との共同研究の歩み

次世代の骨再生材料として期待されるOCP

欠損した骨の再生治療を行う際に広く用いられてきた方法が、身体の他の部位から採取した骨を骨補填材として用いる“自家骨移植”だ。優れた骨再生能を持つ自家骨を利用した同手法は、人工骨を用いた移植よりも多く行われているが、補填材となる骨の確保に量的な限界がある上、移植後の二次的処置が必須であるなど患者の負担が大きい侵襲的な治療法であることが、大きな課題として残っていたという。

こうした問題を解決するため、安定供給が可能であると同時に、骨形成能を有し自己組織に置換できる生体材料の開発が進められている。現在、骨の再生材料として主に用いられている物質としては、リン酸カルシウムの一種であり生体吸収性を示さない「ハイドロキシアパタイト」(HA)や、生体吸収性を示す「β型リン酸三カルシウム」(β-TCP)がある。しかし、人工材料を用いた骨欠損治療を安定的に行うためには、より高い骨再生能力を示すとともに自己組織へと置換でき、さらに安定供給が可能な新材料の開発が求められているとする。

そんな中で鈴木治教授は、骨再生能力や生体吸収性に優れたOCPに着目。東北大着任前の1991年にはベンチスケールレベルでの合成手法を開発し、その後もバッチ合成法を確立するなど、OCPの骨再生能力や合成法に関する研究を進めてきたという。

  • 東北大大学院の鈴木治教授

    記者会見に登壇した東北大大学院の鈴木治教授

しかし、OCP生産のスケールアップは副生成物が析出してしまう関係で難易度が高く、安定供給に至るほどの生産能力を確保することが難しかったとする。そこでJFCは2013年から鈴木教授と連携し、OCPの合成方法に関する共同研究を開始。医薬品合成において注目されている「連続フロー合成法」のコンセプトを参考にすることで、2023年3月には、副生成物を伴わない均一組成のOCPを連続晶析させるプロセスへの応用に成功しOCPの量産化が可能になったとしている。

  • OCPの合成で主に用いられる3つの晶析法

    OCPの合成で主に用いられる3つの晶析法

詰まりを防ぐ新設計でスケールアップも可能に

JFCの細谷氏によると、OCP合成に必要な2つの液を混合させてから容器へと注ぐフロー合成法では、生成物による流路の詰まりが懸念されていたという。しかし同社が確立した新手法では、OCP合成のための2液に加え、詰まりを防ぐための1つの液体を加えた3液を用いる新たな晶析装置を設計。これにより今回開発された装置では、60分の間詰まることなく稼働を続け、170gのOCPを合成できたとのことで、これを受け今回の量産化成功という発表に至ったとする。

なお、1ccの骨補填材ではゼラチンなどと混合させる形でおよそ0.1gのOCPが必要となるため、170gのOCPは1700ccの骨補填材での使用量に相当する。ヒトの全身の骨の体積は約6000ccとされており、OCP合成装置のスケールアップは比較的容易に可能だと考えられることから、JFCは、臨床評価に耐えうる量のOCPを生産できるとした。

将来的な世界市場も見据えパートナー探索を開始

細谷氏によると、生体活性のある人工骨の国内市場は、2027年に95億円規模まで拡大するとの予測もあり、米国を中心とした海外市場を含めればさらに莫大な市場が広がっているという。JFCとしては今後、粉末上のOCPを生体吸収性のある有機材料などと複合化して、取り扱いや骨再生治療に最適な形状にすることで利用を拡大するため、広く医薬品や医療機器製造会社と協力することで、骨再生用の新たな医療機器の開発を推進するとのこと。またまずは国内で臨床応用実績を積んだ後に、海外の医薬品・医療機器製造会社への供給も目指すとしており、現時点での予測は流動的ではあるものの、2030年ごろには素材としてのOCPの売り上げが20億円に到達することを思い描いているとしている。

  • JFCの細谷敬三氏

    OCP事業の展望を語るJFCの細谷敬三氏