神戸市は今般、神戸商工貿易センターに居を構える、マイクロソフト(MS)の「AI Co-Innovation Lab(マイクロソフトAIラボ)」を紹介するプレスツアーを開催した。

神戸市は、製造業をはじめとした地元産業が将来にわたり競争力をもって事業活動ができるよう「持続的にイノベーションが生まれる環境」の整備を進めており、この取り組みの一環として、日本で唯一となるマイクロソフトAIラボを誘致している。

マイクロソフトAIラボとは、専任技術者によるパーソナライズされた1対1の対応を通して、顧客の特定のプロジェクトに合わせて幅広いサービスと個別プログラムを提供する施設のこと。5日間という短期間でシステム構築するという特徴を持っており、一筋縄ではいかないソリューション開発を支えているという。

なお、神戸のマイクロソフトAIラボは、マイクロソフトおよび川崎重工業、神戸市が連携して開設した拠点で、世界では米国や中国、ドイツ、ウルグアイに続く6拠点目。

  • 神戸市にあるマイクロソフトAIラボ

    神戸市にあるマイクロソフトAIラボ

今回は、マイクロソフト、神戸市とともに同施設の開設に携わっている川崎重工業と地元・神戸に本社を置くユーハイムが語るマイクロソフトAIラボの活用事例を紹介する。

新分野のロボットに挑戦する川崎重工業の取り組み

最初に登壇した川崎重工業 技術開発本部 副本部長の加賀谷博昭氏は、「人口減少社会を見据えたロボットソリューションの取り組み」と題して、同社のロボットソリューションの取り組みとMSとの共創について紹介した。

川崎重工業は、半世紀を超える日本の産業用ロボットの歴史の始祖となる企業で、1969年に日本で初めて油圧ロボットを開発してから、現在までさまざまなロボットの開発を手掛けている。

加賀谷氏は、これまでの長い歴史を通じて、川崎重工業が「産業用ロボットメーカー」から、社会課題を解決する「総合ロボットメーカー」へ進化していったと語る。

「産業用ロボットメーカーとして、主に製造業向けのロボットを開発していた川崎重工業ですが、近年では新分野ロボットへの挑戦として『医療ロボット』の開発も進めています」(加賀谷氏)

  • 川崎重工業のロボット開発の歴史を語る加賀谷氏

    川崎重工業のロボット開発の歴史を語る加賀谷氏

同社が開発を行った医療ロボットは、産業用ロボットの遠隔操作技術や密集回避技術を応用することで、患者の負担を減らす手術支援ロボットだ。泌尿器科や消化器内科、婦人科を対象に導入され、現在では55施設に導入されているという。

また、医療現場が抱えている「人材不足」「長時間労働」といった課題に対してもアプローチできるように、ロボットを活用した業務の効率化も推進しており、配膳や消毒、清掃・除菌、医療廃棄物回収、ストレッチャーの配送業務などに活用できるロボットの導入を目指している。

  • 医療現場における将来的なロボットの活用イメージ

    医療現場における将来的なロボットの活用イメージ

このようにさまざまな面で、新たなロボット技術への挑戦を始めた川崎重工業だが、これらの挑戦には「生成AIの登場」が大きく関わっている。

「これまでは『人が普通にやっていることをロボットで実現することが極めて難しい』と言われており、産業用ロボットのような限定された空間での繰り返し作業のみのロボットが多く開発されてきました。しかし、生成AIが登場したことにより、言語理解やチーム連携を行えるロボットの開発が容易になり、誰でも簡単にロボットを操れる時代が到来しました」(加賀谷氏)

このようなロボット技術の潮流に変化が訪れる中、川崎重工業とマイクロソフトは、「ロボティクスを通じてより豊かな生活を提供する」という共通の目的のもとで協業を締結。今回、筆者が訪れたマイクロソフトAIラボの開設にあたり、川崎重工業も準備の段階から活用推進協議会設立まで幹事企業として参画した。

他にも、マイクロソフトとの共創として、ロボティクス分野におけるインダストリアルメタバースを実現するために、川崎重工業のロボットを活用し、製造現場においてMR(複合現実)ヘッドセットを用いた「メタバース上での共同作業」や「遠隔地からのロボットの操作」を推進している。

この技術は、マイクロソフトAIラボ内のデモンストレーションエリアに展示が行われているため、施設を訪れれば見ることができる。

  • マイクロソフトAIラボ内に展示されている「遠隔地からのロボットの操作」のデモンストレーション

    マイクロソフトAIラボ内に展示されている「遠隔地からのロボットの操作」のデモンストレーション

また、自然言語でロボットとコミュニケーションできる世界を実現するべく、今後は、生成AIを活用した言語指示で動くロボットを開発していく構えだという。

「お菓子×AI」で世界を平和にするユーハイムの取り組み

続いて登壇したユーハイムの代表取締役社長である河本英雄氏は、「PEACE BY PIECE~お菓子には世界を平和にする力がある~」というタイトルで、同社がAI Co-Innovation Labを通じて開発した、バウムクーヘンAI職人「THEO(テオ)」について語った。

  • マイクロソフトAIラボに展示されているTHEO

    マイクロソフトAIラボに展示されているTHEO

THEOは、ユーハイムによって2020年に開発されたAIを活用したロボットで、焼き色や温度など、職人の勘に頼ることが多いバウムクーヘンの焼き加減をデータとして取得し再現することができる。

「このTHEOは、私が南アフリカのスラム街に訪れた際に感じた『世界の裏側にもバウムクーヘンを届けたい』という想いからスタートしたプロジェクトです」(河本氏)

  • THEOについて語る河本氏

    THEOについて語る河本氏

「お金儲けより人助け」という河本氏の想いからさまざまな菓子店にTHEOを貸し出し、最近では飲食店以外に、卵の廃棄に悩まされていた農家などにも貸し出しを行っており、同社はこの取り組みを「AI職人派遣業」と捉えているという。

現在では全国各地に派遣されており、「神戸スイーツの魅力発信を通じた地域産業振興のため」という理由から神戸市中央区の特別住民権を獲得するほど、「職人」として活躍しているそうだ。

このようなTHEOの取り組みを通じて、同社は「お菓子のあり方を変えるDX」「職人のあり方を変えるDX」「お菓子屋のあり方を変えるDX」という3つのトランスフォーメーションを起こすことを目標にしている。

お菓子のあり方を変えるDXでは物流課題の対策を打ち立て、職人のあり方を変えるDXではレシピの著作権を生み出す取り組みを行っていくという。

また、お菓子屋のあり方を変えるDXでは、「誰もが職人になる時代」を叶えるべく、AI職人による職人技術の伝承を通じて、フードトラックなどでも気軽にお菓子職人の味を楽しめる世の中を作っていきたいとのことだ。