東北大学は3月22日、BSなどの衛星放送用の一般的な受信アンテナ(約50cm)の100万分の1(約600nm)という極めて微少なパラボラ型の金属反射面と半導体で構成される「光ナノ共振器」を開発し、可視光を捕集して金属ナノ粒子に集めることで光強度を約1万倍(4桁)に増強できることを、電磁界シミュレーションを用いて明らかにしたと発表した。

同成果は、東北大 多元物質科学研究所の押切友也准教授、同・中川勝教授らの研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行するナノ・低次元・バルク材料の物理化学を扱う学術誌「The Journal of Physical Chemistry:C」に掲載された。

  • 一般的なBS受信用パラボラ型アンテナと、今回の研究で用いられたナノサイズのパラボラ型光共振器

    一般的なBS受信用パラボラ型アンテナ(左)と、今回の研究で用いられたナノサイズのパラボラ型光共振器(右)(出所:東北大プレスリリースPDF)

日本では、太陽光発電の導入が進んではいるものの、そのほかの再生可能エネルギーを含めても急増する需要に対する十分な供給はなされていないため、発電の主力とはなっておらず、依然として火力発電に頼っている。太陽光は天候などの影響を受け易く発電量が不安定という課題もあり、そうした問題を根本から解決するためにも、太陽光を貯蔵や運搬が容易な化学資源に変換する人工光合成の研究が進められている。

課題は、太陽光のエネルギー密度(光子束密度)が低く、典型的な色素分子では、1分子あたり1秒に数個の光子しか吸収することができないという効率の低さ。そのため、水の酸化や窒素の還元といった、多段階で進行する反応は一般に困難であると考えられてきた。その対応策として進められているのが、光をナノ空間に閉じ込めて局在化するというアプローチで、その1つとして金属ナノ粒子による「局在表面プラズモン共鳴」と、薄膜型ナノ共振器とを組み合わせた、新たな光学状態の「モード強結合」を活用する方法が採られた。

  • 金ナノディスクを配置したパラボラ型光共振器の模式図

    (a)金ナノディスクを配置したパラボラ型光共振器の模式図。(b)時間領域差分法シミュレーションモデルの断面図。(c)金ナノディスク配列の模式図(上面図)。NiO:酸化ニッケル、Ag:銀、SiO2:シリカガラス、E:入射光電場の振幅方向、k:入射光進行方向、θ:入射角度(出所:東北大プレスリリースPDF)

研究チームは今回、ナノ光共振器による光の集光効果を極限まで高めるため、直径600nmほどのパラボラ型のナノ光共振器と、その上に金属ナノ粒子として金ナノディスクを配列した構造を考案することに加えて、光学応答を電磁界シミュレーション(時間領域差分法)を用いて計算することにしたとする。

  • 金ナノディスク(GND)単独の吸収スペクトルのGND数依存性

    (a)金ナノディスク(GND)単独の吸収スペクトルのGND数依存性(縦軸:吸光度)。(b)パラボラ型光共振器(POR)単独の吸収スペクトルのパラボラ構造の半径(r)依存性(縦軸:吸光度)。(c)POR)上に61個のGNDを配置した際の吸収スペクトルのパラボラ構造の半径(r)依存性(縦軸:吸光度)。破線はフィッティングによって求められたモード結合の上枝と下枝(P+、P-)。(右上挿図)モード結合のエネルギー模式図。吸光度が高いほど光捕集効率が高いことが示されている。(a)の縦軸の目盛りは(b)と(c)の50分の1であることから、PORと組み合わせることでプラズモンの光捕集効率が大きく増大していることがわかる。また(c)から、プラズモンとPORが相互作用して上枝と下枝に分裂したこと、それがPORのサイズに伴って波長シフトしていることがわかる。これらはいずれも、「モード結合」を形成したことを支持する結果とした。(出所:東北大プレスリリースPDF)

今回のシミュレーションでは、金属反射膜の素材として銀を、半導体層の素材として酸化ニッケルを想定したパラボラ型光共振器のサイズや、金ナノディスクの配列を変化させ、吸収スペクトルと、近接場における入射光電場振幅の増強度が計算された。金ナノディスク単独、パラボラ型光共振器単独のいずれも、可視光領域に吸収ピークを示すことがわかった。それらを組み合わせると、吸収ピークが2つに分裂して観測されたという。これは、金ナノディスクのプラズモンと、パラボラ型光共振器とがモード結合し、新たなエネルギー準位を形成したことに由来するとした。

パラボラ型光共振器の集光効果を見積もるため、共振器上に金ナノディスクを1つ配置し、その電場振幅増強の計算が行われた。共振器の半径および厚みを変化させた場合、いずれも極大値では100倍以上の電場振幅増強を示すことが突き止められた(光強度はその電場振幅の2乗に比例するので、光強度としては1万倍以上の増強効果が認められたことになる)。

  • 1個の金ナノディスク(GND)をパラボラ型光共振器(POR)上に配置した際の電場振幅の増強度の共振器半径(r)依存性

    (a)1個の金ナノディスク(GND)をパラボラ型光共振器(POR)上に配置した際の電場振幅の増強度の共振器半径(r)依存性。(b)1個のGNDをPOR上に配置した際の電場振幅の増強度の共振器厚み(t)依存性。(a・b)破線はNiO厚み240nmの平面型共振器の増強度。(c)1個のGNDをPOR(赤線)と平面型光共振器(黒線)上に配置した際の電場振幅の増強度の入射光角度(θ)依存性。(d)1個のGNDをPOR上に配置した際の電場振幅増強の空間分布(入射光角度60°)。(e)1個のGNDを平面型光共振器上に配置した際の電場振幅増強の空間分布(入射光角度60°)(出所:東北大プレスリリースPDF)

さらに、入射光角度を変化させた際の電場振幅増強について、従来のモード強結合を示す平面型共振器との比較が行われた。すると、広い角度範囲でパラボラ型共振器の方が高い増強度を示し、太陽光のような時々刻々と位置が変化するような光源に対しても有効に働くことが判明。このことは、入射光角度60°の時のパラボラ型光共振器の電場振幅増強の空間分布が、比較的高い対称性を維持していることからも支持されるという。

これらの結果から、ナノ空間領域で高い集光効果を示すパラボラ型光共振器と、金属ナノ粒子を複合することで、光強度を飛躍的に増大させられることが示されたとした。局所的な光の強度が増大すると、そこで生成される電子・正孔の数も増大する。そのため、従来では困難とされてきた、多電子反応を推進可能な新たな光化学反応場としての活用が期待されるという。具体的には、窒素還元によるアンモニア合成や、CO2固定による炭素化合物の製造などが挙げられるとする。これらの人工光合成反応が実現できれば、日本がエネルギー輸入国からエネルギー生産・輸出国へと転換し得る可能性も期待されるという。

その実現のためには、曲率を有する反射層、電子・正孔輸送効率に優れる半導体層、構造サイズ・位置が規定された金属ナノ構造の精密作製技術を確立することが重要とする。研究チームは今後、ナノインプリント技術をはじめとしたナノ加工・成形技術を駆使し、今回の研究で提案した構造の実証実験を行うとしている。