京都大学(京大)は1月19日、物質が持つ量子幾何学効果に起因して「スピン三重項超伝導」が発現することを明らかにしたと発表した。

  • 今回の研究成果のイメージ

    今回の研究成果のイメージ(出所:京大プレスリリースPDF)

同成果は、京大大学院 理学研究科の北村泰晟大学院生、同・大同暁人助教、同・柳瀬陽一教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学専門誌「Physical Review Letters」に掲載された。

近年、超伝導の基礎理論である「BCS理論」の枠組みに収まらない非従来型超伝導が注目されている。スピン三重項超伝導はその1つであり、BCS型超伝導に比べて高い磁場でも安定であることが大きな特徴だ。また一部のスピン三重項超伝導体は、量子コンピュータへの応用も可能とされるなど、磁場に安定なスピン三重項超伝導を詳しく調べることは、実用上でとても重要だという。

スピン三重項超伝導はその特徴的な性質に加え、発現メカニズムもBCS型超伝導とは大きく異なる。超伝導の発現メカニズムには、それぞれの舞台となる物質の磁気的性質が重要な役割を担う。BCS超伝導は磁気的性質を持たない物質で発現する一方、スピン三重項超伝導は磁場を発生する強磁性体、つまり磁石のような物質で発現する。しかし、BCS型超伝導は多くの物質で発現する一方、スピン三重項超伝導の候補物質はウラン化合物などわずかな物質に限られていた。このことは、たとえば鉄は磁石になるが銅は磁石にならないように、特定の物質のみが磁石となることを反映しているようにも捉えられるという。

また、多数の原子の組み合わせからなる化合物は膨大な数に上ることから、まだ発見されていない磁石、ひいてはスピン三重項超伝導体が世の中にはまだまだ多く眠っていることが期待される。しかし現実には化合物の数が膨大すぎて、その中から希少なスピン三重項超伝導体を実験的に偶然発見できる確率は低く、これまで数例の報告があるのみだった(そもそも無数の化合物のすべてを探索することは不可能)。

つまり、スピン三重項超伝導探索のための指導原理を、理論的に提案することが非常に重要な課題であることから、研究チームは今回、新たなスピン三重項超伝導体を発見するための指針を示すことを目標にして研究を開始したという。

スピン三重項超伝導は、磁石そのものではなく、実際には「磁石になる可能性を秘めている物質」で発現すると考えられている。これはたとえば、圧力をかけるなどのわずかな刺激を与えることで磁石になることを示しているとのこと。そこで研究チームは、そのような性質を「強磁性揺らぎを示す」と表現したという。ウラン化合物がその例だが、磁石と同様に強磁性揺らぎを示す物質が少ないことが、スピン三重項超伝導体の探索において根本的な問題となる。つまり、強磁性揺らぎを示す物質に共通の性質を見つけることにより、物質探索のための指針が得られるとしている。

  • 強磁性揺らぎのイメージ

    強磁性揺らぎのイメージ。スピンの揺らぎを運動量(px,py)に対して図示されたもの。強磁性揺らぎは図のように運動量0で極大となる(出所:京大プレスリリースPDF)

強磁性揺らぎを示す物質に共通する性質について、電子が空間のどの方向にも自由に動ける3次元物質については経験則が存在するという。しかしこの経験則だけでは不十分な場合が多く、さらに2次元空間のみで電子が自由に動けるような物質(2次元物質)には適用できないことがわかっていた。またこの経験則の解析は、原子1つにつき動ける電子が1つだと見なせる物質(単一バンド系)を念頭において行われてきた一方で、現実の化合物では、原子1つあたり動ける電子が複数ある状況(複数バンド系)も多い。そこで今回の研究では、複数バンド系のような一般的な系で成り立つ強磁性揺らぎ発現のための判定条件を導出したとする。

すると、複数バンド系においてはこの判定条件に対して量子幾何学からの寄与が存在することが判明。続いてその寄与を詳しく解析したところ、量子幾何学が強く強磁性を誘起する条件が解明された。なおこの条件は、2次元物質においても成り立つとする。これを受けて研究チームは、複数バンドを持つ2次元系の典型例であり冷却原子系で実現された「拡張リーブ格子」において、判定条件と磁性の揺らぎを計算。その結果から、量子幾何学により強磁性揺らぎが誘起されることが確かめられ、さらにスピン三重項超伝導が安定化することが確認されたという。

今回示されたスピン三重項超伝導の新しい発現メカニズムは、単純かつ普遍的であるため、未発見のスピン三重項超伝導体が世の中に数多く存在することが示唆されるとする。近年は実験技術の発達により、理論的に提案あるいは設計されたさまざまな電子状態を実現できるようになった。研究チームは、このような実験技術と今回提案された指導原理を組み合わせることにより、スピン三重項超伝導体の探索と発見が期待されるとしている。