九州大学(九大)は1月12日、半導体デバイスやスピントロニクスデバイスの作製において一般的に用いられる成膜技術「オンアクシススパッタリング」では不可能と思われていた絶縁体の垂直磁化膜「ツリウム鉄ガーネット」(TmIG)の作製に成功したことを発表した。

  • TmIGの大面積成膜に同手法を適用できることが明らかにされた

    オンアクシススパッタリングのイメージ。大きなカソードを用いることで、大面積薄膜の作製が可能な手法だ。これまで、TmIGには適さないとされてきたが、今回、TmIGの大面積成膜に同手法を適用できることが明らかにされた(出所:九大プレスリリースPDF)

同成果は、九大大学院 システム情報科学府のMarlis Nurut Agusutrisno氏、九大 システム情報科学研究院の山下尚人助教らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、凝縮系フィルムに関する全般を扱う学術誌「Thin Solid Films」に掲載された。

近年、スピン角運動量の流れであるスピン流を用いることにより、絶縁体の垂直磁化膜(薄膜の膜厚方向に磁化しやすい性質を持つ強磁性体薄膜のこと)でも磁壁を電流で駆動できることが明らかにされている。中でも2012年に日本で発明されたTmIGは、高速磁壁移動およびスキルミオンの輸送が可能のため、高速動作と低消費電力を両立する有力材料として基礎研究が進められている。なおスキルミオンとは、電子スピンの渦構造からなる準粒子のことで、微弱電流により動かすことができ、新しい情報担体としての応用が期待されている。

TmIGを実用化するためにはまだ課題があり、その1つが大量生産だ。これまではパルスレーザー堆積法が一般的に用いられていたが、大量生産を行うには、一般的な大面積薄膜の作製技術であるオンアクシススパッタリングを用いることが望ましい。しかし同手法では、高エネルギーの酸素負イオンにさらされることにより、薄膜がダメージを受けて磁気特性が劣化してしまうことが懸念されており、これまでTmIGの作製は困難と考えられてきた。しかし、そうした中でも研究チームは今回、あえて同手法によるTmIG薄膜の作製に取り組んだという。

今回の研究では、まずカソードから見た基板の位置によって薄膜の組成が変化することが実験とシミュレーションの両方により確認された。作製された薄膜を酸素ガス中で熱処理することにより、垂直磁気異方性を有するTmIG薄膜を作製可能なことが示されたとする。

さらに、静的な磁気特性と動的な磁気特性について精緻な評価が行われた結果、基板への高エネルギーイオン照射が薄膜の磁気特性を劣化させるとの従来の認識を覆し、オンアクシススパッタリングでも、従来手法と同程度の磁気モーメントと垂直磁気異方性を持つ薄膜を作製できることが確認されたという。

TmIGは、従来の金属材料と比較して2倍以上高い電流誘起磁壁移動度が報告されており、磁壁移動デバイスへの応用に期待が高い材料だ。今回の研究成果は、TmIGを用いた高速動作磁壁移動デバイスおよびスキルミオンデバイスの産業応用に向けて、その量産可能性を示すものとする。

研究チームは今後、今回の研究で開発されたオンアクシススパッタリング技術を適応して実際にデバイスを作製し、その性能を評価して今回の技術の実用性を示すという。これにより、将来の高性能なメモリや新規コンピューティングの実現に貢献することが期待できるとしている。