東北工業大学、東京大学(東大)、東北大学、理化学研究所(理研)、東京農工大学(農工大)の5者は12月1日、「半導体コロイド量子ドット」1つを用いた「単一電子トランジスタ」(SET)を作製し、従来困難だった量子ドット(QD)1個の電気伝導の詳細な評価を行うとともに、SETの室温動作も実現したことを共同で発表した。

同成果は、東北工業大 工学部 電気電子工学科の柴田憲治教授、同・吉田政希学部学生、東大 生産技術研究所/東大 ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構の平川一彦教授、東北大 電気通信研究所/同・材料科学高等研究所/東北大大学院 工学研究科 電子工学専攻/東北大 先端スピントロニクス研究開発センターの大塚朋廣准教授(理研 創発物性科学研究センター(CEMS) 量子機能システム研究グループ 客員研究員兼任)、農工大大学院 工学研究院のサトリア・ビスリ准教授(理研 CEMS 創発デバイス研究チーム 客員研究員)、理研 CEMS 創発デバイス研究チームの岩佐義宏チームリーダー(東大大学院 工学系研究科 物理工学専攻/東大大学院 工学系研究科 附属量子相エレクトロニクス研究センター 教授兼任)らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

QDは半導体結晶で構成されたnmスケールの微粒子で、原子との類似性や制御性の良さから「人工原子」とも呼ばれ、太陽電池などの光電デバイスの活性層材料として有望視されている。そうしたデバイスへの応用のためには、コロイド量子ドット(CQD)の光学的・電気的性質の理解と制御が重要となるが、光学的性質の研究は進んでいるのに対し、電気的性質の研究は少なかったとする。特に、1個のQDの電気的性質に関する評価は非常に困難で、解明すべき課題が数多く存在しているという。

QD1個の電気的性質の評価と制御ができるデバイスであるSETは、1個1個の電子をゲート電圧で制御して流すことができる(1個のQDを電子の通り道として用い、そこにゲート電圧を加えることで、電子1個分に相当する電流を制御する)究極の省エネルギー素子といわれている。SETは、QD1個の電気的性質を評価・制御できるだけでなく、量子力学に基づいて超高速計算や絶対安全な情報の伝達などを担う量子情報処理のキーデバイスとしても注目されている。

SETの作製には、2つの電極の間に数百~数nm程度の「島構造」を準備する必要があり、同構造のサイズが小さいほど量子力学的な効果が顕著に観測され、高温動作も可能になることがわかっている。しかしQDのサイズが小さくなるほど、1個のQDを流れる電流の検出と制御が難しくなるため、これまでSETは、サイズが100nm程度のQDで作製されることが多く、室温動作するSETの報告は限られていたとする。そこで研究チームは今回、直径数nmの半導体CQD1個を島構造として用いたSETを作製し、その電気伝導の詳細な評価を行うと共に、SETの室温動作を試みたとしている。

まず、数nm程度のギャップを有する金属電極(ソース・ドレイン電極)の上から、市販の硫化鉛(PbS)CQD溶液を滴下し、金属電極の微小なギャップに1個のPbSCQDを捕獲した構造を作製したとのこと。さらにゲート電極として導電性のシリコン基板を用いることで、SETが作製された。研究チームによると、今回の研究では市販の高品質PbS半導体CQD溶液を用いており、QDの分散が溶液処理で可能な点が特徴だという。

  • 1個のQDを用いたSETの試料構造

    1個のQDを用いたSETの試料構造。(a)間隔がnmサイズの金属電極(ナノギャップ金属電極)と電極間に分散したPbSQDの電子顕微鏡像。QDの直径は5nm程度。左下の線の長さが40nmを表す。(b)PbSQD1個を用いたSETの試料構造と測定回路を示す模式図。ソース・ドレイン電極間に電圧をかけ、量子ドットを介した電流を測定する。ゲート電極に電圧をかけることで量子ドットを流れる電流を制御できるトランジスタ構造となっている(出所:共同プレスリリースPDF)

CQD1個を用いたSETの電気伝導特性を低温で調べたところ、QDのサイズに応じて特性が大きく変化する様子が観測された。特にQDのサイズが5nm以下のSETにおいては、電子間の相互作用が室温の熱エネルギーと比べても非常に大きくなり、結果として素子が室温でもSETとして動作することが確認されたとしており、半導体CQDを用いたSETで室温動作を実現したのは今回が初だとする。

  • 異なるサイズの単一QDトランジスタにおける電気伝導特性

    異なるサイズの単一QDトランジスタにおける電気伝導特性。(a)直径3.6nm、(b)4.8nm、(c)8.7nmの単一PbS QD SETにおいて、低温で観測された電気伝導特性。電子が1つずつQDを介して流れることを示す菱形構造(クーロンダイヤモンド)が観測された。QDのサイズによって、クーロンダイヤモンドの大きさが大きく変化する様子が観測された(出所:共同プレスリリースPDF)

さらに、電流がQD中のどの電子軌道を介して流れるのかが電流値に大きな影響を与えることや、電子スピンに依存した電気伝導である近藤効果を、CQDを用いたSETでは初めて観測することに成功したといい、これらCQD1個での微視的な電子の振る舞いに関する情報は、CQDにおける電気伝導のメカニズムの解明と、これを用いた太陽電池などの光電デバイスの高性能化に寄与することが期待されるとした。

  • SETの室温動作と電子軌道に依存した伝導度の変化

    SETの室温動作と電子軌道に依存した伝導度の変化。(a)直径4.8nmの単一PbSQDトランジスタにおいて室温で観測されたクーロンダイヤモンド特性。室温でもクーロンダイヤモンドが観測されたことで、素子が室温動作することが示された。(b)上は、電流がQD中のどの電子軌道を介して流れるかで、伝導度が大きく変化することを示す実験結果。QD中の電子軌道に依存して、QD中の電子の波動関数の広がり(下図の赤い領域)が変化する。これにより、電極と電子の波動関数との距離(下図の黒い矢印)が変化することで電流値が大きく変化することが判明した(出所:共同プレスリリースPDF)

半導体CQDは、もともと優れた光の発光・吸収効率で知られているが、研究チームは今回の研究成果により、半導体CQDが優れた光特性と室温動作を兼ね備えた優秀なSET材料であることを示すものであり、SETのデバイス応用に新たな展開をもたらすものとしている。