森林総合研究所(森林総研)、新潟大学(新大)、東京大学(東大)、基礎生物学研究所(NIBB)、新潟県森林研究所の5者は8月30日、人工交配によって作製したスギ集団を用いた遺伝分析とスギ参照ゲノム配列を活用して候補となる遺伝子を絞り込み、通算2つ目となる無花粉スギ生産のための原因遺伝子「MS4」を特定したことを発表した。

同成果は、森林総研 樹木分子遺伝研究領域 樹木遺伝研究室の上野真義チーム長、同・研究領域 生態遺伝研究室の伊原徳子室長、新大 農学部の森口喜成准教授、東大大学院 農学生命科学研究科の角井宏行助教、同・大学院 新領域創成科学研究科の笠原雅弘准教授、NIBB 超階層生物学センターの重信秀治教授、新潟県森林研究所 森林・林業技術課の岩井淳治専門研究員らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国科学アカデミー紀要「PNAS」の姉妹誌で科学の幅広い分野を扱うオープンアクセスジャーナル「PNAS Nexus」に掲載された。

スギ花粉症患者は年々増加し続けており、日本人の約4割が罹患しているとの調査結果もあるという。現在、国としては、スギ人工林を減少させると共に、無花粉スギを含む花粉の少ないスギ苗木への植え替えを促進するなどして、30年後に花粉発生量を半減させるという目標を掲げている。特に無花粉スギへの植え替えは、森林のCO2吸収機能を維持しつつ花粉を飛散させずに木材資源を確保できる非常に有効な策であるとする。

近年、無花粉スギの原因遺伝子の1つとして「MS1」が特定され、無花粉スギと有花粉のスギをかけあわせて得られる無花粉スギの種子を使った苗木の生産に活用されている。無花粉スギの遺伝子はMS1以外にも3つの遺伝子(MS2、MS3およびMS4)の存在が知られており、MS1やこれらの遺伝子を活用することで、無花粉スギの苗木の生産効率をさらに高めることができるが、これまでMS1以外の遺伝子の正体は不明だったという。そこで研究チームは今回、花粉が成熟する直前に異常が生じて無花粉になるタイプ(MS4)に着目したとする。

まず、MS4タイプの無花粉スギの雄花断面が観察された。すると、ごく少量の花粉しか確認されず、さらに電子顕微鏡での詳細な観察の結果、異常な形状の花粉が観察されると共に、花粉外壁の外層構造が不完全であることが判明。つまりMS4タイプの無花粉スギは、花粉を作らないMS1タイプとは異なり、機能が不全かつ飛散しにくい花粉を作ることが明らかになったのである。

  • 正常なスギ(左)とMS4タイプの無花粉スギ(右)の雄花および花粉の形態比較。

    正常なスギ(左)とMS4タイプの無花粉スギ(右)の雄花および花粉の形態比較。(出所:森林総研プレスリリースPDF)

次にMS4の原因遺伝子を特定するために、人工交配による遺伝分析と、2023年に森林総研を中心とする研究チームが解読を完了させて公開したスギの参照ゲノム配列を利用して、MS4遺伝子が存在する領域を第4染色体の765万塩基対の範囲に絞り込むことに成功したという。すると、同範囲にスギの雄花で活発に働く遺伝子が1つだけ発見されたとのことだ。

続いて研究チームは、その遺伝子の塩基配列の解読を行い、花粉壁の形成に関わる酵素「TKPR1」を合成すると予想されたとする。結果として、無花粉スギのTKPR1遺伝子は、DNAのたった1塩基の置換に由来するアミノ酸変異を持つことがわかり、この変異がTKPR1遺伝子の機能に影響する可能性が考えられたという。なお同変異は、82番目のアミノ酸のシステイン(C)がアルギニン(R)に置換する変異であることから「C82R」と呼ばれている。

  • MS4の遺伝子構造。

    MS4の遺伝子構造。(出所:NIBB プレスリリースPDF)

TKPR1遺伝子は、ほかの多くの植物でも働く遺伝子だ。そこで、この1塩基の変異が花粉生産の有無を決めるかどうかを確かめるため、モデル植物のシロイヌナズナの突然変異体を用いて実験を行ったという。

同実験において、TKPR1が欠損した無花粉のシロイヌナズナに、正常なスギのTKPR1遺伝子を導入したところ、花粉が生産されることがわかった。その一方で、C82Rの変異を持つTKPR1遺伝子を導入しても、正常な花粉は生産されなかったという。このことからTKPR1はわずか1つの塩基が置換したことにより、機能を喪失することが初めて証明されたのである。そして、MS4の原因遺伝子はTKPR1遺伝子であることも同時に明らかにされた。

  • MS4の遺伝子機能証明実験におけるシロイヌナズナ雄しべの顕微鏡画像。

    MS4の遺伝子機能証明実験におけるシロイヌナズナ雄しべの顕微鏡画像。(出所:森林総研プレスリリースPDF)

現在、無花粉スギの苗木を生産するために、上述したようにMS1遺伝子が活用されている。MS1をホモ接合で保有するスギとヘテロ接合で保有するスギをかけあわせて得られる種子から育てた苗木が、無花粉スギとして出荷されているのだ。研究チームは、そこに今回のMS4も合わせて利用することで、苗木の生産の増大が見込まれるとする。加えて、TKPR1遺伝子は花粉を作る植物が共通して有する遺伝子であるため、今後も同遺伝子を利用することで、スギ以外のさまざまな植物で花粉症対策を行えることも期待されるとしている。