基礎生物学研究所(基生研)は8月22日、1億6500万年以上もその姿かたちをほとんど変化させなかった生きた化石とも称される「ナンジャモンジャゴケ」のゲノム配列を解読したところ、多くの遺伝子が環境の変化に適応することを目的として変化させてきたことを確認したと発表した。

  • ナンジャモンジャゴケ

    ナンジャモンジャゴケ。右が拡大画像で茎から円柱状の葉が生えているのが特徴だという (画像提供:基礎生物学研究所/長谷部光泰氏)

同成果は、中国首都師範大学のYikun He教授、ドイツフライブルグ大学のRalf Reski教授、基礎生物学研究所 生物進化研究部門の長谷部光泰 教授らが参加する国際共同研究チームによるもの。詳細は、8月9日付の米国科学誌「Cell」に掲載された

ナンジャモンジャゴケは1950年、名古屋大学教養部の教授であった高木典雄氏が白馬岳で採集(後の標本整理中に気づいたという)し、その後1951年に五竜岳で発見したことで知られるコケ。その後、服部植物研究所の服部新左博士に同定を依頼したものの同定に至らず、服部氏などが研究を進めていった成果、1958年に論文として発表され、今まで知られているものに当たらないものとして、「コケ植物 タイ類 ナンジャモンジャゴケ目 ナンジャモンジャゴケ科 ナンジャモンジャゴケ属 ナンジャモンジャゴケ」として分類。その後の調査や研究から1963年に別の種である「ヒマラヤナンジャモンジャゴケ」が発見されたほか、マレーシアのキナバル山や南東アラスカ、アリューシャン列島などでナンジャモンジャゴケが見つかったものの、生殖器官が見つからなかったことから良く分かっていなかったが、1990年にアリューシャン列島にて胞子体が発見したことで、1993年に「コケ植物 セン類 ナンジャモンジャゴケ目 ナンジャモンジャゴケ科 ナンジャモンジャゴケ属 ナンジャモンジャゴケ」と変更されたという。

今回の研究では、中国チベット自治区ガワロン氷河付近で見つかったナンジャモンジャゴケを対象にさまざまな調査を中国を中心とした研究グループが実施したほか、内モンゴル自治区の道虎溝層という1億6500万年(ジュラ紀中期-後期)ころの地層からナンジャモンジャゴケそっくりの形態を有するコケの化石を発見。同地層からはトカゲや昆虫、樹上性肉食恐竜などが見つかっており、当時は温暖な気候であったと考えられることから、チベットで採集されたナンジャモンジャゴケが標高約4000mの高山という温暖とは言い難い環境に自生していることを踏まえゲノム解読を実施。その結果、低地に自生しているヒメツリガネゴケと比べて紫外線で切れた遺伝子を修復する紫外線耐性遺伝子や寒冷耐性を制御する遺伝子などが大きく変化していることが判明したという。研究グループでは、1億6500万年前はまだヒマラヤは造山運動が起きておらず、もともと暖かい場所にいたナンジャモンジャゴケが、造山運動に伴って徐々に生息地の高度が上がっていく中、強まっていく紫外線に耐える遺伝子や寒冷耐性の遺伝子に変化が生じて行ったと考えられると説明する。

なお研究グループでは、2010年から2021年にかけてチベットのナンジャモンジャゴケの自生地を継続観察してきた結果、毎年1.6%ずつ分布域が減っていることが確認されたとしており、近年の急激な環境変動の影響が考えられるとしている。また、今回の調査では4000m級に自生しているナンジャモンジャゴケが対象となったが、日本などでは2500~3000m程度の高地に自生しており、そうした違う環境での遺伝子の違いを調べていきたいとしているほか、現状の陸上植物でナンジャモンジャゴケと似たような形状を有する植物がほかにないため、なぜナンジャモンジャゴケだけがそうした形状をとれるのかであったり、環境が変化しても形状が変化しない、いわゆる「進化の拘束」がどうして生じているのか、といったことを調べていくことで、進化学の謎の解明につなげたいとしている。