九州大学(九大)、高エネルギー加速器研究機構(KEK)、千葉大学、名古屋大学(名大)の4者は3月23日、ダークマターの解明につながる素粒子の発見と未開拓の高エネルギー領域のニュートリノの研究を目指し、欧州原子核研究機構(CERN)の大型ハドロン衝突型加速器(LHC)の第3期運転(2022年~25年)に向けて開発されたFASER検出器を用いて行われている「FASER国際共同実験」において、LHCの生成する高エネルギーニュートリノの存在に対して十分な確度での観測が実現できたことを発表した。

同成果は、九大 先端素粒子物理研究センターの音野瑛俊助教、KEK 素粒子原子核研究所の田窪洋介研究機関講師、清華大学の稲田知大博士研究員、九大 基幹教育院の有賀智子助教、同・河原宏晃学術研究員、千葉大の有賀昭貴准教授(スイス・ベルン大学兼任)、同・早川大樹特任助教、名大の佐藤修特任准教授、同・中野敏行准教授、同・中村光廣教授、同・六條宏紀特任助教らが参加する国際共同研究チームによるもの。詳細は、3月19日に開催された電弱相互作用と統一理論に関する国際会議「Moriond EW 2023」で発表された。

素粒子標準理論は、17種類の素粒子によって、電磁相互作用、強い相互作用、弱い相互作用を記述し、これまでの実験結果と精度良く整合している。しかし、数多くの不自然なパラメータを内包し、ダークマターの候補粒子がなく、重力を扱うことができないなど、さらなる改良が必要とされる理論だ。

FASER国際共同実験は、そのような標準理論の背後にある未知の物理法則を探るため、ダークマターの解明につながる道の素粒子の発見と未開拓の高エネルギー領域のニュートリノの研究を目指して、2017年に発足。LHCにおいて、衝突点からビーム軸方向に生成する粒子群に着目し、陽子衝突点の超前方(ビーム軸に対して0.03°程度)の480m地点の既存のトンネルを改造し、全長約5mのFASER検出器が配置された、特色ある実験だ。

ニュートリノは、地球を貫通するといわれるほど非常に高い透過力を持つため、それを測定することは容易ではない。衝突型加速器が生成するニュートリノの検出は世界初の取り組みであり、困難の連続だったという。LHCの第2期運転の最終年となる2018年には、写真乾板を用いた小型検出器を設置して、ニュートリノ測定への挑戦が行われたが、決定的な結果には至らなかったとする。

そこで、日本からの若手研究者が中核として推進し、LHCの第3期運転に向けて開発されたのが、FASER検出器だ。シリコン検出器や写真乾板をFASER実験に導入することで、未開拓の高エネルギー領域において、3世代すべてのニュートリノを研究できることが着想された。

そして今回の実験では、ニュートリノが期待される信号領域において153イベントが観測され、LHCの生成するニュートリノの存在に対して十分な確度での観測が実現されたとする。その背景事象は0.19±1.83イベントと見積もられ、ニュートリノの観測に対する有意度は16シグマに達したという。なお、シグマとは確かさの度合いを示し、素粒子物理学において新粒子や新現象の兆候を主張するために必要とされる3シグマ(99.7%の確かさ)、発見を主張するために必要とされる5シグマ(99.9999%の確かさ)を大きく上回っている。そしてこの成果には、日本が主導するシリコン検出器が極めて重要な役割を果たしているとする。

  • (左)FASER検出器の試運転の様子。(右上)LHCの陽子衝突で生成されたニュートリノが、ビーム軸方向480m地点に設置されたFASER検出器によって捉えられる様子。(右下)ニュートリノがFASER検出器と反応した事象の一例。左から到来するニュートリノが黄色の領域のタングステン標的と反応して生成された粒子の飛跡がシリコン検出器で再構成され、赤線で示されている

    (左)FASER検出器の試運転の様子。(右上)LHCの陽子衝突で生成されたニュートリノが、ビーム軸方向480m地点に設置されたFASER検出器によって捉えられる様子。(右下)ニュートリノがFASER検出器と反応した事象の一例。左から到来するニュートリノが黄色の領域のタングステン標的と反応して生成された粒子の飛跡がシリコン検出器で再構成され、赤線で示されている(出所:九大プレスリリースPDF)

研究チームによると、衝突型加速器を用いたニュートリノ実験を行えるようになったことから、高エネルギーニュートリノに現れる素粒子標準理論を超えた物理の検証が可能となったという。

そして現在LHCでは、将来計画となる大型施設「FPF」についての検討が進められている。この計画は、ビーム衝突点から620m地点の地下100mに全長65m・幅9.7m・高さ7.7mのトンネルを建設し、5つの実験を遂行するというものだ。その建設費用は約60億円と算定され、予算措置に向けた取り組みはこれからになるという。2024年に概念計画書、2025年~2026年に技術計画書が提出され、その後土木工事を開始し、2031年の実験開始が目標とされている。そして、今回の成果により、その具体化も進展が期待できるとしている。