米ブルックヘブン国立研究所(BNL)、メリーランド大学、アメリカ陸軍研究所などの研究チームは、従来のリチウムイオン電池正極に比べてエネルギー密度を約3倍高めることが可能なフッ化鉄系の正極材の合成に成功したと発表した。リチウムイオン電池の大容量化につながると期待されている。研究論文は「Nature Communications」に掲載された

  • フッ化鉄系正極材のイメージと充放電反応に伴う相変化

    今回合成されたフッ化鉄系正極材のイメージと充放電反応に伴う相変化。フッ化鉄ナノロッドにコバルト原子、酸素原子を添加することで反応の可逆性が向上する (出所:BNL)

商用化されているリチウムイオン電池では、正極材にコバルト酸リチウム、負極材にグラファイトなど炭素材料が使われている。グラファイト負極の容量が370mAh/g程度あるのに対して、コバルト酸リチウムの容量は150mAh/g程度であり、負極材よりも正極材のほうが相対的に容量が低い。電池全体のエネルギー密度を高める上で正極材がボトルネックになっているといえる。

正極にフッ化鉄系材料(FeF3など)を使うことで容量を増やせることは以前からわかっていた。通常のリチウムイオン電池の充放電では、電極材料の結晶構造中をリチウムイオンが可逆的に出入りするインターカレーション反応を利用しており、機構が単純で効率は良いが、1反応式あたり1個の電子しか移動しないので電池容量には制限がある。これに対して、FeF3のような化合物ではコンバージョン反応と呼ばれる複雑な反応機構を利用するため、1反応式あたり複数の電子が移動することになり電極の容量を高めることができる。

しかし、FeF3にはいくつかの問題があり、これまでのところ実用化されていない。充放電反応におけるヒステリシスに由来するエネルギー効率の悪さ、反応速度の遅さ、副反応によるサイクル寿命の短さといった問題である。

研究チームは今回、これらの問題を解消できる新規正極材の合成を目指した。具体的には、化学的置換と呼ばれるプロセスを用いて、FeF3ナノロッドにコバルト原子と酸素原子を添加した。この処理によって反応経路を操作し、反応をより可逆的にすることができたという。

FeF3中にリチウムイオンが挿入されると、鉄とフッ化リチウムに変換される反応が起きるが、この反応は完全に可逆的なものではない。コバルト原子と酸素原子を添加することで、正極材料のメインフレームワークを維持しやすくなり、反応がより可逆的になると研究チームは説明している。

論文では、コバルト原子と酸素原子の化学的置換処理を行ったフッ化鉄正極において、1000サイクルでの可逆性と420mAh/gという高い容量が報告されている。

研究チームは、BNLに設置された透過電子顕微鏡(TEM)や放射光源NSLS-IIといった装置を用いて、新規正極材のおける反応経路を調べた。TEMによる実験では0.1nmという分解能でFeF3ナノロッドを観察して、正極材構造中でのナノ粒子の正確なサイズを特定し、充放電反応時に起こる構造変化を分析した。その結果、コバルトと酸素による置換処理を行ったナノロッドでは反応速度が速まることがわかったとする。

TEM観察だけでは極めて限られた局所的領域しか見ることができないため、電池全体の機能を調べるためにNSLS-IIの放射光源を利用した。X線粉末回折(XPD:X-ray Powder Diffraction)ビームラインでは、超高輝度紫外線を正極材に当てて、その散乱光を分析することで材料構造についての追加情報を得ることができる。2体相関分布関数(PDF:pair distribution function)の測定をもとに放電時の正極材を分析したところ、化学的置換処理によって電気化学的な可逆性が改善されることが明確になったと説明されている。