自然科学研究機構分子科学研究所は、動物プランクトンのモデル生物として研究されている、ゴカイ幼生の脳にある光センサータンパク質が紫外線を感知することを明らかにしたと発表した。

A:ゴカイ幼生の脳内に存在するオプシンの模式図。このオプシンは、11シスレチナールと全トランスレチナールの両方を結合できる。 B:11シスレチナールを結合した脳内オプシンタンパク質の吸収スペクトル。このオプシンは、383-nmの紫外光を最も効率よく受容する。 C: このオプシンを発現したアフリカツメガエル卵母細胞の光応答。紫外光をあてると、電気応答を生じる。(出所:分子科学研究所プレスリリース)

同研究は、自然科学研究機構分子科学研究所の塚本寿夫助教、古谷祐詞准教授、生理学研究所の久保義弘教授、陳以珊特任助教らとの共同研究によるもので、同研究成果は、6月16日付でAmerican Society for Biochemistry and Molecular Biology発行の「Journal of Biological Chemistry」オンライン版に掲載された。

動物プランクトンの多くが行う、昼間は深層で活動し夜間に水面近くに浮上して捕食する日周鉛直移動は、ヒトの通勤行動に匹敵する、地球上で最大規模のバイオマスが日周期で移動する現象であると考えられている。以前の研究から、動物プランクトンのモデル生物として研究されているイソツルヒゲゴカイ(以下、ゴカイ)の幼生は、脳内にオプシンという光センサータンパク質が発現する光受容細胞を持つことが知られており、また、この脳内光受容細胞は、ホルモン合成を通じて、日周期の遊泳行動を制御することも報告されている。しかし、この脳内光受容機能を担うオプシンが、どの波長(色)の光を感知するのかはわかっていなかった。

同研究グループはまず、哺乳培養細胞に大量発現させたゴカイ幼生の脳内オプシンのタンパク質を精製して、どの波長の光を吸収するかを調べた結果、このオプシンが紫外光を特異的に吸収することを見出した。さらに、この脳内オプシンを発現させたアフリカツメガエル卵母細胞に、紫外光を当てると、電気応答を示した。つまり、このオプシンは、外界の紫外光シグナルを細胞内に伝える機能を持っていることがわかった。ゴカイ幼生の脳内光受容細胞は遊泳行動を制御するので、このオプシンを介して紫外光シグナルが入力されることが、日周鉛直移動の制御に関わることが強く示唆された。

オプシンは、光を受容するためにビタミンAの誘導体であるレチナールという分子を結合する必要がある。ヒトの眼に存在し視覚を担うオプシンは、11シス型のレチナールしか結合できないが、ゴカイ幼生の脳内オプシンは全トランス型のレチナールも結合できる。全トランス型レチナールを結合できる能力は、脳で光を受容するために必要だと考えられるということだ。

A:リジン残基に変異を導入すると、全トランスレチナールを結合できなくなる。 B:11シスレチナールを結合したリジン変異体の吸収スペクトル。可視光を最も効率よく吸収する。 C:このオプシンを発現したアフリカツメガエル卵母細胞の光応答。可視光によって電気応答を生じる。(出所:分子科学研究所プレスリリース)

次に、ゴカイ幼生の脳内オプシンが、どのようにして紫外線を感知できるようになっているのかを明らかにするため、このオプシンのアミノ酸配列を改変する実験を行った結果、レチナールが結合する部位近くの、ひとつのアミノ酸残基をリジンから他のアミノ酸に変えた変異体は、紫外光ではなく可視光を感知するようになった。さらに、このリジン残基を他のアミノ酸に変えると、全トランス型レチナールを結合できなくなったという。すなわち進化の過程で、オプシンがこの位置のリジン残基を獲得することで、紫外光を受容することと、全トランス型レチナールを結合できるようになり、ゴカイ幼生が、脳で紫外線を感知できるようになったと考えられるという。

動物プランクトンは、イワシやサンマなどの魚の餌にもなっているため、動物プランクトンの日周行動が制御されるメカニズムを明らかにすることは、海や湖の生態系を理解するために重要となる。今後は、ゴカイ幼生以外の動物プランクトンでも、同様の紫外光感知メカニズムがはたらいているのかが注目され、紫外光受容機能に注目して、動物プランクトンの日周行動の制御メカニズムの理解を進めることで、プランクトン食生の魚介類の生育管理手法の開発などにつながることが期待されるということだ。