カスペルスキーは5月18日、第二次世界大戦中に用いられた情報セキュリティについて同社のブログ「Kaspersky Daily」で解説している。

ブログで取り上げたのは大戦中に米軍が通信に利用した言語のナバホ語だ。ナバホ後とは元々、米国西部に住むネイティブアメリカンの言語だが、軍部での通信手段としても利用された。

ナバホ語を採用した経緯は、当時の通信手段がセキュリティ面で脆弱であったことが大きく影響している。海兵隊は地上部隊、空挺師団、支援砲兵団と無線通信を利用していたが、無防備なままの通信であったため、敵からしばしば通信内容を傍受されることがあった。

当時、暗号機やワンタイムパッド(1回限りの暗号方式)がデータ保護手段があった。これらを海兵隊が採用しなかったのは、暗号化処理をしてからの交信ではあまりにも遅く、非効率であったためだと言われている。

米軍は、セキュリティ性能が高く、かつ、高速で交信できる通信手段を開発する必要があった。ロサンゼルス出身の退役軍人であるフィリップ・ジョンソン氏は、ナバホ後での通信を軍部に提案した。ジョンソン氏はナバホ族の領地で育ち、幼少期からナバホ族の文化や言語に触れて育った。青年期には、ワシントンDCで開催されたサミットでナバホ族の代表団の通訳を務めた。

ナバホ語の採用は困難を極めた。ナバホ族以外でナバホ語を話せる人が米国内に30人のみと少なかったこと、ナバホ語の文法があまりにも複雑で、同族言語を話す代表団ですらナバホ語を完全に理解できていなかったことなどが障害となった。

それでもジョンソン氏の努力が実り、最終的には、29人のネイティブアメリカンで構成されるグループに訓練することが許可された。そして試行錯誤を繰り返した後、ナバホ語での暗号化通信の方法が生み出された。

ナバホ語での通信は、専用のアルファベットを考案することから始まった。無線で通信するときは、それぞれのアルファベットに割り当てられた英単語をナバホ語に直訳した単語を読み上げた。

例えば、「IWO JIMA(硫黄島)」という言葉を無線で送る場合、「tin」「gloe-ih」」「ne-ash-jah」「tkele-cho-gi」「tin」 「na-as-tso-si」「wol-la-chee」と表現した。「Item」「William」「Oboe」「Jig」「Item」「Mike」「Able」という一般的な英単語を用いた表現はすでに日本軍の諜報部に知られていたため、使用しなかった。

次に、頻繁に使う単語の用語集を作成した。例えば、ジェット戦闘機には「humble-bees」、潜水艦は「iron fish」、大佐は「silver eagles」の用語を割り当てた。用語集を作ったのは、やり取りをスピードアップすることと、ナバホ語に存在しない言葉を一元管理するという2つの狙いがあった。

ネイティブアメリカンの海兵隊員は訓練期間中、この暗号化システムの暗記するように教育された。ナバホ語の暗号士が伝えるメッセージは、同じ部族でも暗号用に改造されたナバホ語の訓練を受けていない人には理解できないほどであった。

暗号専用機と比べて、ナバホ族の海兵隊員の方がはるかに速く口頭でメッセージを伝えられた。実際、3行の短いメッセージを暗号化、送信、解読するのに暗号機が30分かかったのに対し、海兵隊は20秒であったという。戦時中、米海兵隊では約400人のナバホ族が暗号士を務めた。

ナバホ語での暗号化は、現代のセキュリティ技術と比べると構造は単純で脆弱な部分も多い。ただ、戦時中に暗号化を破られなかったことを重要視しており、現代のセキュリティ事情でも「攻撃可能な期間であっても解読されない程度に強力な保護」が重要であるとまとめている。