富士通と富士通研究所は10月17日、ミリ波帯である240GHz帯を使用した大容量ギガビット無線通信機向けに高感度受信ICチップを開発したと発表した。

詳細は、米国モントレーで開催されている国際会議「CSICS 2013(Compound Semiconductor IC Symposium)」にて発表される。

スマートフォンなどの携帯端末が普及したことに伴い、Webの閲覧や音楽のダウンロードなど、データを通信する機会が増えている。今後は、動画や映画などの大容量データ通信へとシフトしていくことが予想され、それらを瞬時にダウンロードできる端末の需要が高まってくると考えられる。そのためには、より広い周波数を利用した大容量の無線通信機が必要となる。ミリ波帯を用いた無線通信機は、既存の携帯端末が使用する周波数に比べて100倍以上の広い周波数範囲が利用できるため、通信速度も100倍に高めることが可能と期待されている。

しかし、ミリ波帯は、240GHzといった極めて高い周波数になると、空間を伝搬する電波が大きく減衰する。微弱な信号を受信してデータ通信するためにも感度の高い受信器(アンテナ、増幅器、検波器で構成)が必要になる。中でも、増幅器の増幅率は受信感度の改善に効果的であるため、高い増幅率を持つ増幅器の実現が待たれている。

増幅器の増幅率を高めるためには、一般に、複数の増幅器を多段に接続するが、段数が増える分、チップ寸法は長大になる。240GHz帯になると、信号の波長は1mm以下と極めて短くなり、その長さは増幅器のチップ寸法よりも短くなるが、従来の携帯端末(2GHz帯)では考慮する必要のなかった技術課題が生じる。増幅器のチップ表面に形成されたグラウンド面に増幅器の出力信号の一部が漏れ込むのだ。この漏れ込み信号は、増幅器の入力端子へと戻り、再び増幅器へと入力される。再入力された信号は、増幅器によって増幅され、さらに大きな漏れ込み信号となって入力端子に再び戻され発振現象が生じ、正常に受信できなくなってしまう。そのため、ミリ波で高い増幅率を達成するには、増幅率を損なうことなく発振を抑制する技術が必要になる。

図1 波長の比較

図2 グラウンド面を介した信号の漏れ込み

今回、富士通研究所が開発したInP HEMT技術をベースに、増幅器の発振現象を抑制しつつ増幅率を高める増幅器の多段化技術と、増幅器の出力信号を効率よく次段へ伝達するインピーダンス整合技術を開発することで、従来に比べて受信ICの感度を約10倍改善した。

具体的には、増幅器の漏れ込み信号は、特定の場所で振幅が大きくなる振幅最大点と、まったく振動しない振幅ゼロ点が存在する。増幅器の入力端子の位置が漏れ込み信号の振幅最大点と一致すると、より大きな漏れ込み信号が増幅器へ入力され発振が生じる。一方、入力端子が振幅ゼロ点の位置にあれば、漏れ込み信号が全く振動しておらず、増幅器が漏れ込み信号を増幅することはない。そこで、増幅器の入力端子と出力端子の位置を漏れ込み信号の振幅ゼロ点に一致させた。このように設計された増幅器を多段に接続していくことで、発振を起こすことなく増幅率を高めることができたという。

また、増幅器の出力信号を効率よく次段の増幅器へと伝達するためには、増幅器同士を接続する線路のインピーダンス整合をとる必要があり、そのためには一定の線路長が必要となる。しかし、増幅器の入出力端子を振幅ゼロ点の位置に合わせ込んだ場合、増幅器の寸法が限定され、それに伴い線路長も特定の長さに限定されるためインピーダンスの整合が困難だった。今回、U字型線路を導入し、Uの字の縦と横の長さを調整することで、増幅器の寸法が限定されてもインピーダンス整合をとれるようにした。

図3 従来の増幅器と開発した増幅器

同技術により、従来に比べて受信ICの感度を約10倍改善できるため、小型アンテナをスマートフォンなどの携帯端末に搭載して利用することが可能になる。その場合、従来に比べ比較的指向性の広いアンテナが利用できるため、送信機に対して端末の角度を厳密に合わせる必要がなく、利用者の使い勝手が向上する。今後は、開発した受信ICを実装するためのアンテナ一体型小型パッケージの開発を進め、2015年頃までに伝送実験を行い、2020年頃の実用化を目指すとしている。

図4 端末利用イメージ