東京大学生産技術研究所(AORI)は7月22日、バイオロギング手法と操作実験を組み合わせた手法を駆使して、アザラシは、その体密度が水の密度から外れるほどその遊泳努力量は大きくなり、中性浮力に近い体密度を持つ時に最小の移動コストで水平移動できることを見出したと発表した。

成果は、AORIの佐藤克文准教授。同・青木かがり氏(海洋科学特定共同研究員)、国立極地研究所の渡辺佑基 助教、英国セント・アンドリュース大学のパトリック・ミラー講師らの国際共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、7月16日付けで英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。

スズメなどの小鳥は数回羽ばたいた後に、翼をぴたっと体につけて惰性で進み、再び羽ばたくことを繰り返す。一方、タカなどの大型の鳥は、羽ばたいた後、翼を広げたまま滑空し、再び羽ばたく。これら2種類の断続的な羽ばたき飛翔を横から眺めると、羽ばたいている時の上昇と羽ばたいていない時の下降が連続し、軌跡が蛇行する様子が見て取れる。直線的に飛ぶよりも移動経路は長くなるが、鳥の飛翔に要するコスト節約に役立っていることが理論的に予測され、風洞実験などによってその予測は検証済みだ。

バイオロギング(生物に小型のビデオカメラやセンサを取り付けて画像やデータを記録する手法)の主な対象となる水生動物は、水平方向に移動する間に、水面に対して垂直な鉛直移動を繰り返していることが見られる。一見、鳥の断続的羽ばたき飛翔に似ているこの移動方法についての論文が2011年に公表された。断続的な移動方法で、水生動物は水平移動に要するコストを節約しているとする内容である。

ただし、その先行研究はアザラシの遊泳努力量を適切に比較できておらず、さらなる研究を必要としていた。加えて、直接観察が難しい水生動物の行動を測定する方法として、近年バイオロギング手法が広く用いられているが、仮説を検証するための操作実験はまだ例数が少なく、行動生態学における新たな手法の開発が必要だったのである。

そこで研究チームは今回、北太平洋の東部と北部に棲息する大型の「キタゾウアザラシ」(画像1)と、ロシア東部のバイカル湖とそれに注ぐ河川に棲息する小型の「バイカルアザラシ」を対象に、野外で重りや浮きの切り離し実験を実施。具体的には、キタゾウアザラシ3個体とバイカルアザラシ1個体に対して、重りをつけて放流しその後タイマーを使って重りを切り離す実験と、浮きと重りをつけて放流しその後重りだけを切り離す実験を行ったのである。

画像1。キタゾウアザラシ

重りや浮きだけがついている状態では、体密度はキタゾウアザラシの場合は海水から、バイカルアザラシの場合は淡水から大きく外れ、重りを切り離した状態や重りと浮きがついた状況では中性浮力に近くなるというわけだ。なお、忠誠浮力とは、物体にかかる鉛直下向きの重力と、物体が押しのける媒体(この場合は海水や淡水)の重さで決まる鉛直上向きの浮力が釣り合った状態。

その結果、アザラシは体密度が水の密度から大きく異なる状態でも、中性浮力に近い状態でも、「ストローク&グライド」と呼ばれる泳法で断続的に尾ヒレを振って泳いでいた(画像2・3)。先行研究ではストローク&グライド泳法で泳いでいる際に、ゾウアザラシの深度が同調して上下動していたが、今回の研究では深度の上下動は顕著ではなかった。なお、ストローク&グライドとは、尾ヒレや前ヒレを動かして推進力を得る水生動物が、ヒレを連続的に動かさず、断続的に動かして遊泳する方法のことである。

キタゾウアザラシに重りをつけた時(画像2(左))と重りを切り離した時(画像3)の断続的遊泳行動パターン。重りをつけた状態では体密度は海水よりも29.8kg/立方m重くなり、重りを切り離した状態では密度差は12.1kg/立方mに低下した

先行研究では深度の上下動を伴う時と、伴わない時で遊泳努力量を比べ、前者の遊泳努力量が少ないという結果を得ていた。その結果より、中性浮力から外れる状況では密度差を利用してグライディングし、水平移動のコストを削減していると結論づけていた。しかし、体密度と海水密度の差が移動コストの削減に貢献しているかどうかを検証するためには、実際に体密度を変えて遊泳努力量を比較しなければならない。

今回の研究では、体密度が海水や淡水に近い場合の条件と、中性浮力からより大きく外れる場合の条件で、アザラシの遊泳努力量が比較された。その結果、全個体において体密度が水の密度から異なるほど、遊泳努力量が増大することが明らかになったのである(画像4・5)。

キタゾウアザラシ3頭(A、B、C)およびバイカルアザラシ(D)の遊泳速度と遊泳努力量の関係(画像4(左)にAとB、画像5にCとD)。遊泳努力量は、加速度時系列データより算出された(Overall Dynamic Body Acceleration:ODBA)。いずれの場合でも体密度が海水(ゾウアザラシ)や淡水(バイカルアザラシ)の密度から離れるほど(赤点と赤線で表示)、ある遊泳速度を実現するために必要な遊泳努力量は大きくなることがわかった

今回の結果は、体密度が水の密度から外れることは、断続的遊泳を行う上での必須条件ではなく、移動コスト削減にも貢献していないことを示すものである。ストローク&グライド泳法で水平移動するアザラシの移動コストは、体密度が海水や淡水の密度に釣り合う中性浮力の際に最も少なくなることが示唆されたというわけだ。また今回の成果は、バイオロギング手法と操作実験を組み合わせる手法が有効であることを実証するものであり、生物の生態や行動を理解する新たな手法として広く用いられるようになることが期待されるとしている。