海洋研究開発機構(JAMSTEC)は、深海熱水噴出孔に見られる高温・高圧水環境での物理・化学プロセスに関する研究の過程で、指先ですり潰すだけで簡単にフラーレンC60の粉末から直径20nm以下のナノ粒子を生成できることを発見したと発表した。

同成果はJAMSTEC海洋・極限環境生物圏領域の出口茂チームリーダー、京都大学・大学院工学研究科の向井貞篤氏、JAMSTECアプリケーションラボの阪口秀氏、山形大学・大学院理工学研究科の野々村美宗氏らによるもの。詳細は「Scientific Reports」に掲載された。

従来、物質を細かな粉末にしていく技術は、細かくしようとすればするほど大きなエネルギーが必要とされ、ナノオーダーレベルに微粉化しようとするには、特殊な装置を用いて固体中の分子の並び方が変わってしまう程の大きな力を加える必要があった。

これまで研究グループは、フラーレンのナノ粒子を用いて、深海熱水噴出孔や地殻内部に存在する高温・高圧の水の中での物理・化学プロセスを解明する研究を行ってきたが、その研究過程で、フラーレン固体の微粉化プロセスが通常の物質とは異なり、乳鉢ですり潰すなどの簡単な操作でも直径が数十nm程度の粒子が容易に生成できることを報告していた。今回の研究は、そうしたこれまでの成果を踏まえ、そもそもどれくらい簡単な操作でフラーレンをナノ粒子にまで微粉化できるのか、という観点で行われた。

今回の研究では、炭素原子60個からできたサッカーボール状の分子であるフラーレンC60の粉末(平均サイズ0.1mm前後)1.5mgをガラス板にはさんで指先で数分間すり潰した後に、電子顕微鏡を使って観察。

実験操作風景。ガラス板にC60を挟んで、指先ですり潰した

その結果、直径が100nm以下のナノ粒子が多数生成すること、ならびに2,00個程度のC60分子からなる直径14nmのナノ粒子までも生成できることを発見した。

左はC60固体粉末(スケールバーは0.1mm)の電子顕微鏡像。右はすり潰したC60(スケールバーは0.01mm)の電子顕微鏡観察像

すり潰したC60の拡大電子顕微鏡像(左のスケールバーは2μm、右のスケールバーは200nm)

すり潰したC60の中に生成していた、直径14nmのナノ粒子(スケールバーは5nm)

そこで、さらなる実験として、すり潰したC60を界面活性剤を含む水に分散し、孔径5μmのフィルタでろ過して粗大粒子を取り除いた後にサイズ分布を調べたところ、すり潰したC60の内の約24重量%が直径5μm以下に微細化されること、ならびにそれらの粒子の平均サイズは256.8nmであることを突き止めらほか、ガラス板を使わずに指先にはさんですり潰したC60中にも、数は少ないものの同様にナノ粒子が生成していることを確認したとする。

左:手袋に付着した茶色い物質がガラス板を使わずにすり潰したC60。右はその電子顕微鏡観察像(スケールバーは500nm)

指先ですり潰すだけでナノ粒子が生成されるという研究成果は、これまで報告されておらず、研究グループでは、このことは、C60の固体粉末を微粉化するために必要なエネルギーが、通常の物質とは比較にならないほど小さいことを意味していると説明するほか、C60が保管されていた試薬ビンの口に付着していた試料の中にもナノ粒子が存在していることも確認したとのことで、ビンの蓋の開閉により繰り返し剪断/圧縮を受けたことからナノ粒子が生成したものと考えられると説明している。

左が試薬ビンの口に付着したC60。右はその電子顕微鏡観察像(スケールバーは500nm)

現在、工業ナノ材料が環境に与えうる影響の評価が世界中で進められており、銀製のアクセサリや食器、銅線などから化学反応によって自然とナノ粒子が生成する場合があることなどが分かってきた。研究グループでは、今回の結果が、意図的な粉砕操作を加えなくてもC60の固体粉末から気付かないうちにナノ粒子が生成しうる可能性を示唆するものであり、工業ナノ材料への暴露過程を考える上での新たな問題提起につながると考えられるとしており、今後も継続してC60から簡単にナノ粒子が生成できるメカニズムに関する研究を行っていくほか、環境に流出したナノ材料が最終的に海に到達することが考えられることから、それらの材料が海洋環境や海洋の生態系に及ぼしうる影響などについても検討を行う予定としている。