リコーは、汎用性が高いPZT薄膜をレーザ照射による熱作用により結晶化し、さらにPZTに求められる変位特性を得ることに成功したと発表した。

レーザ援用技術とは、レーザ光の持つ性質を利用して必要な場所にのみ、必要な時間だけ加熱処理をする技術のこと。同社は今回、CSD(Chemical Solution Deposition)法で作製したPZT(ジルコン酸チタン酸鉛)をレーザ援用技術で結晶化させることに成功し、得られた薄膜がPZTの特性である変位特性を示すことを実証した。レーザ援用技術の中でも、半導体レーザを使って独自の照射技術で変位特性を有するPZT薄膜を得たのは今回が初めてという。同技術は、ドイツのFraunhofer Institute for Laser Technology(ILT)およびアーヘン工科大学との共同研究で開発された。

同技術を2012年5月にリコーが発表したIJP法(インクジェットによる印刷技術)によるピエゾ(圧電)素子の形成技術と組み合わせることで、シリコン基板上に3D造形パターンとしてピエゾ材料を描画しながらレーザ援用技術で結晶化させ、微小サイズ(数~数百μm)のアクチュエータを作製できる。これらの応用製品としては、微小エリアで変位機能が必要される画像機器、HDD、ディスプレイなどのMEMS分野のみならず、微小な圧力や加速度を測定できるセンサ分野にも展開できるとしている。

PZTはセンサやアクチュエータなどの多くのピエゾ素子に用いられている材料だが、CSD法における結晶化工程には従来、電気炉による750℃程度の加熱処理が必要だった。同方法は、基板および電気炉自体の温度の上げ下げにほとんどの熱量が使用されてしまい、多くの熱量と時間が無駄になっていた。本来ならば、基板上のPZT薄膜のみを加熱できればいいはずである。今回のレーザ援用技術であれば、レーザビームを照射した部分のみを局所的に加熱することができ、エネルギーの無駄が発生しない。

CSD法でPZT薄膜を作製する場合には、結晶化の他に乾燥、熱分解の工程でも加熱が必要となる。今回はPZT膜の特性を決定付けるのに最も重要な結晶化工程にレーザ援用を適用したが、将来的には乾燥、熱分解工程にも展開できるという。全ての加熱工程に適用した場合、CO2の排出量で比較すれば、電気炉の約1/10にできる他、工程時間の面で比較すれば、約1/2にできる試算となるという。

レーザ援用による結晶化の問題点は、膜にクラック・剥離を生じさせずに、いかに均一に結晶性を向上させるかという点にある。このためにはレーザ光でありながら、いかに照射時の温度を均一にするかという技術課題があった。リコーはこれをレーザビームのスポット形状をデバイス形状に合わせて長方形(通常は円形)にし(図1)、かつレーザ光の強度分布(ビームプロファイル)を矩形(通常はガウス分布)にできる独自の光学系を開発し実現した。さらに、クラック・剥離に対しては、レーザパワーと照射時間を適正化することで克服した(図2)。

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図1 レーザユニットとスポット形状

図2 レーザ照射条件とPZT膜表面状態

図3と図4は、レーザ援用によって結晶化したPZT膜のX線回折パターンと電気特性および変位特性。図3のように処理前に比べ(111)面の結晶ピークが観測され、適正に結晶化していることが確認できる。また、図4の(a)では分極量-電圧特性は比較的きれいなヒステリヒス曲線を描き、良好な強誘電特性であることを示しているほか、(b)では変位-電圧特性(バタフライ曲線)から、膜は機械的に変位する能力を持っており、変位係数として約100pm/Vであることが実証された。

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図3 PZT膜のX線回折パターン

図4 分極量-電圧および変位-電圧特性

なお、レーザ援用技術で変位特性を有するPZT薄膜を得たのは世界的に見ても数例しかないという。しかも他の例はエキシマレーザを使用しているため、装置が大型かつ高価なのに加え、パルスレーザ光なので処理に時間がかかる。これに対し、今回開発された方法では半導体レーザを使うため、装置が小型かつ安価で、さらに連続光なので短時間に処理できるメリットがあるという。