東京大学は5月2日、骨形成性薬剤を「テトラポッド型リン酸カルシウム微小人工骨(テトラボーン)」に搭載することで、滅菌可能な「骨誘導性微小人工骨」を開発したと発表した。

成果は、東大大学院 医学系研究科 感覚・運動機能医学講座 口腔外科学 医学博士課程の前田祐二郎氏、同・大学院 工学系研究科 バイオエンジニアリング専攻の大庭伸介特任准教授、同・鄭雄一教授(医学系兼担)らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、4月23日付けで「Biomaterials」オンライン版に掲載された。

悪性腫瘍、先天異常、炎症など種々の疾患や外傷などにより生じた骨欠損は、患者の活動性のみならず審美性(見た目)にも影響を与えることから、QOL(生活の質)と健康寿命を大きく脅かす。よって、低侵襲であり、かつ機能的にも審美的にも罹患前と同等の状態を取り戻す骨再建法(治療法)の開発は、高齢社会を迎えた日本では、健康寿命の延伸につながる喫緊の課題の1つだ。

現在の日本で広く行われている骨再建法は「自家骨移植」と呼ばれ、患者自身の健常部位から採取した骨組織の移植によるものである。しかし、骨組織採取部位への侵襲による術後疼痛や審美障害がしばしば問題となっていた。

それに対し、人工骨などの生体材料を用いた骨再建は骨採取に伴う侵襲を回避できるという大きなメリットがある。ただし、自家骨移植に比較して骨形成を誘導する能力、つまり「骨誘導能」では劣るという、まさにどちらも一長一短があるという状況だ。

つまるところ、自家骨並みに骨欠損部周囲に存在する患者自身の細胞に働きかけることで、安全かつ積極的に骨形成を促進する人工骨、つまり骨誘導性人工骨を開発することができれば、両方の長所を兼ね備えることになるというわけである。

人工骨への骨誘導性の付与については、骨形成を誘導する組換えタンパク質や遺伝子の搭載が国内外の研究者によって検討され、その有効性が示されるようになってきた。しかし、生体内に埋入されるすべての材料は、重篤な感染を引き起こさないようにするため、すべての微生物を除去する「滅菌」がなされる必要がある。そのため、通常の滅菌処理では搭載されたタンパク質の活性が大きく失われてしまうという、これまたトレードオフな状態だ。

さらに遺伝子を使用した場合は、患者の細胞のゲノム/DNAへの挿入による変異のリスクが存在する。このように、人工骨への骨誘導性の付与についても、従来とは異なるアプローチが求められているのである。

研究チームが、人工骨へ骨誘導性を付与する方法としてこれまでの研究でも対象とし、今回改めて着目したのが、骨の初期分化を促進する「ヘッジホッグシグナル」の活性化剤「Smoothened agonist(SAG)」と、骨の成熟を誘導する薬剤であるヘリオキサンチン誘導体「TH」だ。

なおヘッジホッグとは、細胞から分泌されるタンパク質ファミリーの1つで、細胞の運命決定や器官形成および個体発生において重要な役割を果たす。胎生期の骨形成に必須のシグナル経路であり、骨分化の初期に重要であることがわかっている。

研究チームは、「骨分化において作用点が異なるこの2つの薬剤を組み合わせることで、未分化細胞から効果的に「骨芽細胞」分化を誘導できる」そして「2つの薬剤を搭載したテトラボーンは骨誘導性微小人工骨として、効率的に骨再生を誘導する」という仮説に基づき、以下の実験に取り組んだ。

まず、未分化細胞株「C3H10T1/2」において、SAGとTHの同時曝露による骨分化誘導効果の検証が行われた。SAGとTHの同時曝露では、各薬剤単独曝露と比較して、骨分化マーカーの発現と石灰化が顕著に促進されることが確認され、ラット大腿骨より採取した「骨髄間質系細胞」(骨髄中に存在する細胞の内、血液細胞以外の細胞集団を指し、間葉系のさまざまな細胞に分化できる「間葉系幹細胞」を含むとされる)でもこの結果が再現。マウス中足骨器官培養でもSAGとTHの同時曝露により、骨形成の促進が認められたのである。研究チームは、以上の結果から、SAGとTHの組み合わせが未分化細胞の骨分化を効率的に誘導できることを示唆しているという。

次に、SAG溶液とTH溶液のそれぞれにテトラボーンを浸漬することにより各薬剤をテトラボーンに搭載した。そして、SAG搭載テトラボーンは12日間、TH搭載テトラボーンは35日間にわたって薬剤を徐々に放出し、医療現場において広く使用されている「エチレンオキサイドガス(EOG)」滅菌処理後も薬剤の活性は維持されることが確認されたのである。

最後に、薬剤を搭載後EOG滅菌を施したテトラボーンを11週齢のラット大腿骨骨幹部に作製した直径2.2mmの円柱状骨欠損に移植し、骨再生効果を検証した。その結果、SAG搭載テトラボーンとTH搭載テトラボーンの組み合わせ移植群のみで、海綿骨と皮質骨両方の骨修復が認められた(画像1・2)。

滅菌可能な骨誘導性微小人工骨による骨再生効果。画像1(左)は、ラット大腿骨骨欠損モデルへの埋入による骨再生効果をマイクロCT画像で検討したもの。画像2(右)は、再生骨量の定量的評価を比較したグラフ。骨誘導性微小人工骨による強力な骨再生効果が確認された。スケールバーは1mm

なお研究チームでは、今回の研究は、作製・滅菌・保存の簡便さと骨誘導性を併せ持つ微小人工骨を用いることで、生体の自然治癒能力を効率的に引き出しながら、細胞移植を行わずに骨再生を誘導する1つの方法を提案するものだとする。また、異なる骨形成性薬剤を搭載した微小人工骨を、骨欠損の大きさや形態に合わせて異なる比率で使用したり、欠損内部の各所において調合を変えたりすることで、骨形成を任意に制御しながら骨修復を図れる可能性も示唆しているとしており、今回の成果が新たな骨再生医療戦略の開発につながることが期待されるとコメントしている。