物質・材料研究機構(NIMS)と奈良先端科学技術大学院大学(NAIST)は2月7日、単層カーボンナノチューブ(CNT)にポリマーが巻き付く過程をリアルタイムで解析することに成功したと発表した。

同成果は、NIMS 環境再生材料ユニット NIMS-天津大学連携研究センター 内藤昌信主幹研究員と奈良先端科学技術大学院大学 グリーンフォトニクス研究プロジェクトチームらによるもの。詳細は、米国の科学雑誌「Journal of the American Chemical Society」のオンライン速報版で公開された。

CNTは、シリコンや化合物半導体と並ぶ第3の基盤材料の1つとして注目されており、化学素材、燃料電池、エレクトロデバイス、化学・バイオセンサなど、様々な分野に応用されるようになってきた。CNTは溶解性が乏しいという性質があるが、もし可溶化できれば、塗布して用いることが可能なナノ配線や、ナノドラッグデリバリーなどへの応用が可能になると期待されている。

この可溶化を実現する手法の1つとして、ポリマーでナノチューブを包んで溶かす「ポリマーラッピング」の研究が研究されており、これまでにもCNTが溶けない原因を作っている表面の電子の状態であるパイ共役平面と、分子間相互作用しやすいDNAやパイ共役高分子などを中心に、様々なタイプのポリマーラッピング剤が提案されてきた。しかし、ポリマーがCNT表面にどのような機序で巻き付いていくかという過程はブラックボックスのままであった。

もし、ポリマーがCNTに巻き付き、可溶化していく様子をリアルタイムに観察することができれば、CNT可溶化の仕組みの解明につながり、より効率的なポリマーラッピング剤の分子設計への指針を与えることができることが期待されている。そうした背景から研究グループでも各種の研究を進めてきており、これまでにシリコン原子が線状に連結した究極のシリコンナノ細線と言われる「ポリシラン」が、単層CNTをラッピングすることで、立体的な姿が変化することなどを見出してきた。

図1 シリコン高分子ポリシランの模式図。シリコンが1次元につながった主鎖を絶縁体のアルキル鎖が側鎖としてらせん状に被覆している。ビーカープロセスで合成できる究極のシリコン細線とも言われる。主鎖に異方的な紫外吸収(250~400nm)を持つ

ポリシランを使うメリットは、ポリマーの硬さやらせんのねじれ方といった立体構造を、アルキル側鎖の分子設計で自在に操ることができる、ポリマーの立体構造の情報が、シリコン主鎖の紫外吸収の波長や吸光係数に鋭敏に反映される。つまり、UVスペクトルさえ測定できれば、CNTの曲率平面上に形成された超薄膜でも、立体構造を精密かつ簡便に評価することができるという2つがあり、研究グループではこのような炭素系ポリマーでは見られないポリシランに特徴的な性質を高分子の立体的な姿を検出するためのプローブとして利用することで、"ポリマーラッピング"の駆動力の1つとして、高分子の剛直性や立体構造という幾何学的なパラメータを提唱してきた。

図2 ポリシランの立体構造とUV吸収波長の相関。らせんのピッチが大きくなるのに伴い、UV吸収波長が長波長側にシフトする

今回の研究では、ポリマーラッピングの経時変化をストップトフロー法でモニタリング。その結果、3段階の過程を経ながらポリシランが徐々にCNTの表面に自発的に秩序ある構造をつくって巻き付く自己組織化の過程が明らかにされた。特に、混合してから数ナノ秒以内に起こる高速な構造変化は、タンパク質の折り畳みで近年注目されている「爆発相(Burst phase)」と同一の現象と捉えることができ、このような多段階吸着が人工高分子で観察されたのは、今回の結果が初めてだと研究グループでは語る。

また先行研究では、CNTにポリシランをラッピングさせる手法として、ボールミル粉砕による固体反応を用いていため、ラッピングの動的過程を明らかにすることはできなかったが、今回、それを改良し、CNTとポリシランがそれぞれ溶解する溶媒を精査したことで、ラッピングを混合溶液中で起こすことができるようになった。そのため、ポリマーがナノチューブに巻き付いていく様子を分光測定でリアルタイム追跡できるようになり、この成果について研究グループは、いわばポリマーがCNTにラッピングしながら立体的な姿が変化する姿を、高速ストロボカメラで撮影できたのと同じことになると説明する。

さらに、動的挙動の解析には、タンパク質の折り畳み構造の解析に用いられる動力学の手法を導入・これによりCNTとポリシランを混合してから約30ミリ秒以内に吸着現象が起こり、その後、ポリシランがナノチューブの表面に自己組織化するために、さらに2段階の立体構造変化を引き起こすことを見出したという。

図3 立体的な姿と剛直性に依存したポリシランのポリマーラッピングの模式図

図4 ポリシランのCNTへの多段階ラッピングの模式図。(a)高速な吸着現象(爆発相)30ミリ秒以内。(b)立体的な姿を変化させながらCNT上に再配列。(c)ナノチューブの曲率平面に精密に自己組織化しながらポリシランがCNTをラッピングし可溶化する

なお研究グループでは今回の成果により、CNT表面での人工高分子鎖の動力学解析が可能になったことから、今後、高分子鎖の折り畳み機構と機能発現の解明など、生命科学や高分子科学の未解決問題を解き明かす道筋が開かれたものとコメントしている。